ACTA+ JOURNEY
【企業事例】廃棄物アートが街づくりを変える。三井不動産と『ACTA+』が描く新たな可能性
2026年2月21日(土)から3月5日(木)に、東京ミッドタウン八重洲1Fガレリアにて開催された、パブリック・アート展「神秘の森」。本展は、株式会社ACTA PLUS(以下、『ACTA+』)が主催し、複数企業の協賛を得て開催が実現しました。 その中で「三井不動産株式会社」は、街づくりにおける環境との共生を掲げる「& EARTH for Nature」の考え方に加え、アートを通じた街の魅力向上という観点から『ACTA+』の取り組みに共感し、「神秘の森」に協賛。また、2025年に日本橋エリアで開催されたアートイベントを通じて築かれた関係性に加え、『ACTA+』が三井不動産主催の「POTLUCK AWARD 2025」のファイナリストに選出されたことも、今回のパートナーシップを深めるきっかけとなりました。 今回お話を伺ったのは、日本橋・八重洲エリアの街づくりを担う、三井不動産「八重洲街づくり推進室」の代島さん、「日本橋街づくり推進部」の森川さん、古川さんです。「神秘の森」へ協賛した背景や、八重洲・日本橋エリアにおける街づくりとアートの関係性、本展を通じて感じたことについてお話を伺いました。 △左から日本橋街づくり推進部 森川さん、古川さん、八重洲街づくり推進室 代島さん アートで街に新たな価値を生む。日本橋・八重洲エリアに広がる、三井不動産の新たな街づくり ──三井不動産さんは、前回は日本橋エリア、今回は八重洲エリアでアートイベントを開催されましたが、両エリアではアート施策の方向性や位置づけに違いはあるのでしょうか? 代島さん: もともと日本橋は、当社の本社の膝元ということもあり、さまざまな開発を進めてきたエリアです。その中で日本橋エリアの価値向上のために、アートを絡めた仕掛けをこれまで実施してきました。 一方で八重洲エリア自体は、これまでアートイベントを積極的に行ってきたわけではなく、今回の「神秘の森」は、八重洲エリアにおける新しい取り組みという位置づけです。 ──そうなのですね。今後、日本橋・八重洲エリアにおけるアート施策は、どのように展開していく予定なのでしょうか? 森川さん: 現在は、「日本橋と八重洲を一緒にアートで盛り上げていくような取り組み」を進めようと検討しているところです。小さな取り組みも含めて、幅広く連携をしていこうという整理をしています。 八重洲では、例えば「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」のような写真を軸にした取り組みもあり、そうした活動を中心にしながら、音楽を含めて、幅広くアートを捉えながら施策を進めています。 また、日本橋についても「今後どのような方向性で進めていくのがよいか」を模索している最中ですね。現代アートやデザイン、音楽など、特定の分野に限定せず、幅広い領域でさまざまな取り組みを実施しています。 2027年頃には、「東京ミッドタウン日本橋」の開業タイミングに合わせて、日本橋・八重洲エリアの新たな街づくり計画の発信も考えています。その中に、アートの取り組みも位置づけていきたいと考えており、今は模索しながら準備を進めている段階です。 △日本橋三井タワーで開催されたACTA+ ART...
【企業事例】廃棄物アートが街づくりを変える。三井不動産と『ACTA+』が描く新たな可能性
2026年2月21日(土)から3月5日(木)に、東京ミッドタウン八重洲1Fガレリアにて開催された、パブリック・アート展「神秘の森」。本展は、株式会社ACTA PLUS(以下、『ACTA+』)が主催し、複数企業の協賛を得て開催が実現しました。 その中で「三井不動産株式会社」は、街づくりにおける環境との共生を掲げる「& EARTH for Nature」の考え方に加え、アートを通じた街の魅力向上という観点から『ACTA+』の取り組みに共感し、「神秘の森」に協賛。また、2025年に日本橋エリアで開催されたアートイベントを通じて築かれた関係性に加え、『ACTA+』が三井不動産主催の「POTLUCK AWARD 2025」のファイナリストに選出されたことも、今回のパートナーシップを深めるきっかけとなりました。 今回お話を伺ったのは、日本橋・八重洲エリアの街づくりを担う、三井不動産「八重洲街づくり推進室」の代島さん、「日本橋街づくり推進部」の森川さん、古川さんです。「神秘の森」へ協賛した背景や、八重洲・日本橋エリアにおける街づくりとアートの関係性、本展を通じて感じたことについてお話を伺いました。 △左から日本橋街づくり推進部 森川さん、古川さん、八重洲街づくり推進室 代島さん アートで街に新たな価値を生む。日本橋・八重洲エリアに広がる、三井不動産の新たな街づくり ──三井不動産さんは、前回は日本橋エリア、今回は八重洲エリアでアートイベントを開催されましたが、両エリアではアート施策の方向性や位置づけに違いはあるのでしょうか? 代島さん: もともと日本橋は、当社の本社の膝元ということもあり、さまざまな開発を進めてきたエリアです。その中で日本橋エリアの価値向上のために、アートを絡めた仕掛けをこれまで実施してきました。 一方で八重洲エリア自体は、これまでアートイベントを積極的に行ってきたわけではなく、今回の「神秘の森」は、八重洲エリアにおける新しい取り組みという位置づけです。 ──そうなのですね。今後、日本橋・八重洲エリアにおけるアート施策は、どのように展開していく予定なのでしょうか? 森川さん: 現在は、「日本橋と八重洲を一緒にアートで盛り上げていくような取り組み」を進めようと検討しているところです。小さな取り組みも含めて、幅広く連携をしていこうという整理をしています。 八重洲では、例えば「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」のような写真を軸にした取り組みもあり、そうした活動を中心にしながら、音楽を含めて、幅広くアートを捉えながら施策を進めています。 また、日本橋についても「今後どのような方向性で進めていくのがよいか」を模索している最中ですね。現代アートやデザイン、音楽など、特定の分野に限定せず、幅広い領域でさまざまな取り組みを実施しています。 2027年頃には、「東京ミッドタウン日本橋」の開業タイミングに合わせて、日本橋・八重洲エリアの新たな街づくり計画の発信も考えています。その中に、アートの取り組みも位置づけていきたいと考えており、今は模索しながら準備を進めている段階です。 △日本橋三井タワーで開催されたACTA+ ART...
【インタビュー記事】鉄という素材で、人の心と可能性をひらく。鉄彫刻家・竹内さんのものづくり
広島県福山市を拠点に活動する鉄彫刻家・竹内さん。祖父が営んでいた鉄工所を制作の拠点とし、溶接技術を活かしながら「あなたを鉄で励ますこと」をテーマに、幅広い作品を生み出しています。 近年は母校の工業高校で生徒たちへ講評やアドバイスを行うなど、ものづくりの技術が自己表現にもつながる可能性を伝える活動にも取り組んでいます。 本記事では、竹内さんが鉄彫刻家を志した原点や作品に込める想い、今後の展望についてお話を伺いました。 △竹内さんの制作風景 祖父の鉄工所から始まった。鉄彫刻家・竹内さんのものづくりの原風景 ──まずは、簡単に自己紹介をお願いします。 竹内さん: 私は広島県福山市出身・在住の鉄彫刻家です。鉄を用いて、純粋芸術から商業的な表現まで幅広く制作しています。日常で出会う物質との距離感を、鉄という表現で共有することを目指して、鉄工所の技法を取り入れながら作品をつくっています。 福山には大手鉄鋼会社の工場があり、関連企業や支店も多く集まっていて、いわゆる中核都市でものづくりの街でもあるんです。 ──現在は、おじいさまが営まれていた鉄工所を制作の拠点にされているそうですね。 竹内さん: はい。祖父が営んでいた鉄工所の場所を借りて、自分の制作物をつくっています。 仕事も祖父の会社の仕事ではなく、自分自身で受けたものです。祖父の会社で働いているというよりは、その場所を作品の制作拠点として使わせてもらっている、という状況に近いですね。 祖父の鉄工所は、主に溶接業をしていました。そのため、幼少期から鉄工所やものづくりが身近にあって、「好きだった」というより、当たり前のようにしていた感覚に近いですね。段ボールや画用紙などを使って戦隊モノのコスチュームをつくったり、ホームセンターへ木材を買いに行き、自転車で持ち帰っては棚などをつくったりしていました。 絵を描くというより、立体物をつくるのが好きな子どもでした。それが、今の活動につながっているなと感じています。 ──その後、工業高校で溶接や鍛造などを学ばれたのですね。 竹内さん: そうですね。ちょうど入学した頃はリーマンショックの影響で「手に職をつけよう」という風潮もあり、普通科ではなく工業高校を選ぶ同級生も多い時代だったんです。工業高校では、アーク溶接など現場で使える免許を取ったり、製図やプログラミングを学んだりしました。 高校卒業後は、倉敷芸術科学大学に進学しました。当時はガラス専攻で、吹きガラスなど、大学では鉄とは違うものを学びたいと考えていたんです。ただ、いろいろな事情があり大学を辞め、その後もう一度、祖父の鉄工所に戻ることになりました。 ──『ACTA+』との最初の出会いはいつ頃だったのでしょうか? 竹内さん: 最初のきっかけは、2〜3年前に『ACTA+』さんの公募へ応募させていただいたことです。 そのとき応募したのは、段ボールと鉄を組み合わせた作品でした。入選には至らなかったのですが、後日『ACTA+』さんから個別にご連絡をいただきました。とても嬉しかったですね。 それが、2025年の『ACTA+』さんとオリックス・ホテルマネジメントさんが取り組まれたアート展示の作品制作につながっています。 △オリックス・ホテルマネジメント「箱根・強羅 佳ら久」で展示中の作品(抜粋) △オリックス・ホテルマネジメント...
【インタビュー記事】鉄という素材で、人の心と可能性をひらく。鉄彫刻家・竹内さんのものづくり
広島県福山市を拠点に活動する鉄彫刻家・竹内さん。祖父が営んでいた鉄工所を制作の拠点とし、溶接技術を活かしながら「あなたを鉄で励ますこと」をテーマに、幅広い作品を生み出しています。 近年は母校の工業高校で生徒たちへ講評やアドバイスを行うなど、ものづくりの技術が自己表現にもつながる可能性を伝える活動にも取り組んでいます。 本記事では、竹内さんが鉄彫刻家を志した原点や作品に込める想い、今後の展望についてお話を伺いました。 △竹内さんの制作風景 祖父の鉄工所から始まった。鉄彫刻家・竹内さんのものづくりの原風景 ──まずは、簡単に自己紹介をお願いします。 竹内さん: 私は広島県福山市出身・在住の鉄彫刻家です。鉄を用いて、純粋芸術から商業的な表現まで幅広く制作しています。日常で出会う物質との距離感を、鉄という表現で共有することを目指して、鉄工所の技法を取り入れながら作品をつくっています。 福山には大手鉄鋼会社の工場があり、関連企業や支店も多く集まっていて、いわゆる中核都市でものづくりの街でもあるんです。 ──現在は、おじいさまが営まれていた鉄工所を制作の拠点にされているそうですね。 竹内さん: はい。祖父が営んでいた鉄工所の場所を借りて、自分の制作物をつくっています。 仕事も祖父の会社の仕事ではなく、自分自身で受けたものです。祖父の会社で働いているというよりは、その場所を作品の制作拠点として使わせてもらっている、という状況に近いですね。 祖父の鉄工所は、主に溶接業をしていました。そのため、幼少期から鉄工所やものづくりが身近にあって、「好きだった」というより、当たり前のようにしていた感覚に近いですね。段ボールや画用紙などを使って戦隊モノのコスチュームをつくったり、ホームセンターへ木材を買いに行き、自転車で持ち帰っては棚などをつくったりしていました。 絵を描くというより、立体物をつくるのが好きな子どもでした。それが、今の活動につながっているなと感じています。 ──その後、工業高校で溶接や鍛造などを学ばれたのですね。 竹内さん: そうですね。ちょうど入学した頃はリーマンショックの影響で「手に職をつけよう」という風潮もあり、普通科ではなく工業高校を選ぶ同級生も多い時代だったんです。工業高校では、アーク溶接など現場で使える免許を取ったり、製図やプログラミングを学んだりしました。 高校卒業後は、倉敷芸術科学大学に進学しました。当時はガラス専攻で、吹きガラスなど、大学では鉄とは違うものを学びたいと考えていたんです。ただ、いろいろな事情があり大学を辞め、その後もう一度、祖父の鉄工所に戻ることになりました。 ──『ACTA+』との最初の出会いはいつ頃だったのでしょうか? 竹内さん: 最初のきっかけは、2〜3年前に『ACTA+』さんの公募へ応募させていただいたことです。 そのとき応募したのは、段ボールと鉄を組み合わせた作品でした。入選には至らなかったのですが、後日『ACTA+』さんから個別にご連絡をいただきました。とても嬉しかったですね。 それが、2025年の『ACTA+』さんとオリックス・ホテルマネジメントさんが取り組まれたアート展示の作品制作につながっています。 △オリックス・ホテルマネジメント「箱根・強羅 佳ら久」で展示中の作品(抜粋) △オリックス・ホテルマネジメント...
【イベントレポート大阪・梅田】マニキュアが描く自由な表現。阪急うめだ本店で『ACTA+』がアー...
期限の過ぎたマニキュアがアートに。『ACTA+』が届けるアートワークショップ 2026年6月7日(日)、阪急うめだ本店9階 祝祭広場にて、『ACTA+』によるイベント「期限の過ぎたマニキュアを使った抽象画アートワークショップ」が開催されました。 阪急うめだ本店でのイベントは、2025年10月に開催された「ACTA+ Art & Fashion POP UP」に続いて2回目です。前回は、本来廃棄されるはずだった素材をアートやファッションへと昇華させる国内外の作家やブランドが集い、作品の展示や販売を行いました。 今回のイベントでは、参加者自身が創作を体験できるワークショップという形式で開催。講師を務めたのは、マニキュアを用いた作品を制作するアーティスト・chikako adachiさんです。ワークショップでは、chikako adachiさんと参加者が会話を交わしながら、普段の作品制作で行っている工程を体験しました。期限の過ぎたマニキュアを活用して、色の重なりや流れるような質感を味わいながら自分だけの抽象画を制作。子どもから大人まで幅広い世代が、それぞれの感性を活かした作品づくりに挑戦しました。 【期限の過ぎたマニキュアを使った抽象画アートワークショップ 開催概要】・会場: 阪急うめだ本店 9階 祝祭広場・日程: 2026年6月7日(日)・時間: ①10:30〜 ②13:30〜 ③16:00〜(全3回・各回先着順)・講師: chikako adachi・料金:1名 1,650円(税込)・対象者:小学生以上の方(小学生以下は保護者同伴) ワークショップ満足度88%の実績も。アーティスト・chikako adachiさんとは 今回ワークショップの講師を務めたのは、『ACTA+』のパートナーであるアーティストのひとり、chikako...
【イベントレポート大阪・梅田】マニキュアが描く自由な表現。阪急うめだ本店で『ACTA+』がアー...
期限の過ぎたマニキュアがアートに。『ACTA+』が届けるアートワークショップ 2026年6月7日(日)、阪急うめだ本店9階 祝祭広場にて、『ACTA+』によるイベント「期限の過ぎたマニキュアを使った抽象画アートワークショップ」が開催されました。 阪急うめだ本店でのイベントは、2025年10月に開催された「ACTA+ Art & Fashion POP UP」に続いて2回目です。前回は、本来廃棄されるはずだった素材をアートやファッションへと昇華させる国内外の作家やブランドが集い、作品の展示や販売を行いました。 今回のイベントでは、参加者自身が創作を体験できるワークショップという形式で開催。講師を務めたのは、マニキュアを用いた作品を制作するアーティスト・chikako adachiさんです。ワークショップでは、chikako adachiさんと参加者が会話を交わしながら、普段の作品制作で行っている工程を体験しました。期限の過ぎたマニキュアを活用して、色の重なりや流れるような質感を味わいながら自分だけの抽象画を制作。子どもから大人まで幅広い世代が、それぞれの感性を活かした作品づくりに挑戦しました。 【期限の過ぎたマニキュアを使った抽象画アートワークショップ 開催概要】・会場: 阪急うめだ本店 9階 祝祭広場・日程: 2026年6月7日(日)・時間: ①10:30〜 ②13:30〜 ③16:00〜(全3回・各回先着順)・講師: chikako adachi・料金:1名 1,650円(税込)・対象者:小学生以上の方(小学生以下は保護者同伴) ワークショップ満足度88%の実績も。アーティスト・chikako adachiさんとは 今回ワークショップの講師を務めたのは、『ACTA+』のパートナーであるアーティストのひとり、chikako...
【企業事例】オフィス家具から廃材アートへ。イトーキ×『ACTA+』が示した、新たな循環の可能性
2026年2月21日(土)から3月5日(木)に、東京ミッドタウン八重洲1Fガレリアにて開催された、パブリック・アート展「神秘の森」。都市の中心に廃棄物を独自の素材として活用したアート作品が展示され、多くの来場者が足を止め、その幻想的な空間で「廃棄物」や「循環」について思いを巡らせる様子が見られました。 本展は、株式会社ACTA PLUS(以下、『ACTA+』)が主催し、一般社団法人八重洲二丁目北地区エリアマネジメントとの共催のもと、複数企業の協賛を得て開催が実現。中でも、オフィス家具や空間づくりを手がける「株式会社イトーキ」は、『ACTA+』の活動が自社の考え方とも重なる取り組みであると感じ、スポンサードおよび素材提供という形でご参加いただきました。 今回は、株式会社イトーキの商品開発本部 プロダクト開発統括部 第1商品企画部 部長の橋本実さんに、スポンサードした背景や「神秘の森」を通じて感じたことについてお話を伺いました。 「働く」をデザインするオフィスづくり。イトーキが進めるサステナブルな取り組み ――まずは、イトーキさんの事業内容について教えてください。橋本さん: 当社は1890年に創業し、『明日の「働く」を、デザインする。』をミッションステートメントに掲げている会社です。現在は、オフィス家具の製造・販売に加えて、オフィスの空間設計や研究、公共施設向け製品の製造・販売など、幅広い事業を展開しています。 私の部署である開発統括部の第一商品企画部では、椅子やテーブル、デスク、キャビネット、パーティション、ワゴンなど、オフィスで使われるさまざまな製品を手がけています。 ――オフィス家具は回収やリサイクルも行われていると思うのですが、どのように廃棄処理するのでしょうか? 橋本さん: 当社では、オフィスのリニューアルや引越しなどで新しいオフィス家具を納品する際、古くなったものを引き取って適切に「産業廃棄物」として処理しています。 ただ、近年のオフィス家具メーカーの製品は、非常に強度が高く、長く使えるようにつくられているんですね。そのため、現在ではクリーニングしてリサイクル品として販売したり、レンタルに活用したりする流れも業界内で広がっています。 特にコロナ禍以降は、在宅ワークで個人の方がオフィスチェアを自宅で使う機会が増加し、「椅子の価値」や「価格」を実感する方が増えましたね。「この椅子、意外と高いぞ」って皆さん気づいたのです。 その結果、価格を抑えるために、オフィス家具のリサイクルやレンタルへの意識も高まってきたように感じています。 ――その中で、イトーキさんでは、どのようなサステナブルな取り組みを行っているのでしょうか? 橋本さん: 例えば、椅子に使用されているウレタン素材は、細かくなるとマイクロプラスチック問題につながるので、以前からウレタンの使用量を減らす工夫を行ってきました。 そのほかにも、コーヒー豆のかすを活用した天板素材の研究や、他社さんと組んで卵の殻を使った素材開発などの取り組みも行っています。また、工場のある滋賀県では「ヨシ」と呼ばれる植物を刈り取って糸に加工し、ストールとして展開することにも取り組んでいます。 オフィス家具が幻想的なアートへ。「神秘の森」で感じた新たな価値 ――今回、「神秘の森」にスポンサードしてくださった背景について教えてください。 橋本さん:最初は、社内の営業サイドから「こういう取り組みをするので、材料などを協力してもらえないか」という話があったのがきっかけでした。 ただ、私たちがスポンサードした理由としては、『ACTA+』さんの活動が当社の考え方とも重なる取り組みである、という点が大きかったと思っています。 ――実際に橋本さんが手がけられた製品が、作品の一部として使われていたそうですね。 橋本さん:はい。一番印象的だったのは、東京ミッドタウン八重洲の入口近くに展示されていた大きなツリーの作品ですね。 そこに使われていた5本のヒトデみたいな形をした「椅子の脚部」のパーツが、私が15年くらい前に設計した製品だったんです。私は企画職の前は設計者だったので、それが現在も製品として販売されていて、さらに作品の一部になっていたというのは、かなり感慨深いものがありました。 実際に会場へ行ったとき、普段のオフィス家具ではあまり使わないような紫色に彩られていて、「これが使われていたんだ」と驚きましたね。 木材なども多く使われていましたが、そこに大胆な色彩が加わることで幻想的なアートに生まれ変わり、東京のど真ん中に展示されている光景は新鮮でした。...
【企業事例】オフィス家具から廃材アートへ。イトーキ×『ACTA+』が示した、新たな循環の可能性
2026年2月21日(土)から3月5日(木)に、東京ミッドタウン八重洲1Fガレリアにて開催された、パブリック・アート展「神秘の森」。都市の中心に廃棄物を独自の素材として活用したアート作品が展示され、多くの来場者が足を止め、その幻想的な空間で「廃棄物」や「循環」について思いを巡らせる様子が見られました。 本展は、株式会社ACTA PLUS(以下、『ACTA+』)が主催し、一般社団法人八重洲二丁目北地区エリアマネジメントとの共催のもと、複数企業の協賛を得て開催が実現。中でも、オフィス家具や空間づくりを手がける「株式会社イトーキ」は、『ACTA+』の活動が自社の考え方とも重なる取り組みであると感じ、スポンサードおよび素材提供という形でご参加いただきました。 今回は、株式会社イトーキの商品開発本部 プロダクト開発統括部 第1商品企画部 部長の橋本実さんに、スポンサードした背景や「神秘の森」を通じて感じたことについてお話を伺いました。 「働く」をデザインするオフィスづくり。イトーキが進めるサステナブルな取り組み ――まずは、イトーキさんの事業内容について教えてください。橋本さん: 当社は1890年に創業し、『明日の「働く」を、デザインする。』をミッションステートメントに掲げている会社です。現在は、オフィス家具の製造・販売に加えて、オフィスの空間設計や研究、公共施設向け製品の製造・販売など、幅広い事業を展開しています。 私の部署である開発統括部の第一商品企画部では、椅子やテーブル、デスク、キャビネット、パーティション、ワゴンなど、オフィスで使われるさまざまな製品を手がけています。 ――オフィス家具は回収やリサイクルも行われていると思うのですが、どのように廃棄処理するのでしょうか? 橋本さん: 当社では、オフィスのリニューアルや引越しなどで新しいオフィス家具を納品する際、古くなったものを引き取って適切に「産業廃棄物」として処理しています。 ただ、近年のオフィス家具メーカーの製品は、非常に強度が高く、長く使えるようにつくられているんですね。そのため、現在ではクリーニングしてリサイクル品として販売したり、レンタルに活用したりする流れも業界内で広がっています。 特にコロナ禍以降は、在宅ワークで個人の方がオフィスチェアを自宅で使う機会が増加し、「椅子の価値」や「価格」を実感する方が増えましたね。「この椅子、意外と高いぞ」って皆さん気づいたのです。 その結果、価格を抑えるために、オフィス家具のリサイクルやレンタルへの意識も高まってきたように感じています。 ――その中で、イトーキさんでは、どのようなサステナブルな取り組みを行っているのでしょうか? 橋本さん: 例えば、椅子に使用されているウレタン素材は、細かくなるとマイクロプラスチック問題につながるので、以前からウレタンの使用量を減らす工夫を行ってきました。 そのほかにも、コーヒー豆のかすを活用した天板素材の研究や、他社さんと組んで卵の殻を使った素材開発などの取り組みも行っています。また、工場のある滋賀県では「ヨシ」と呼ばれる植物を刈り取って糸に加工し、ストールとして展開することにも取り組んでいます。 オフィス家具が幻想的なアートへ。「神秘の森」で感じた新たな価値 ――今回、「神秘の森」にスポンサードしてくださった背景について教えてください。 橋本さん:最初は、社内の営業サイドから「こういう取り組みをするので、材料などを協力してもらえないか」という話があったのがきっかけでした。 ただ、私たちがスポンサードした理由としては、『ACTA+』さんの活動が当社の考え方とも重なる取り組みである、という点が大きかったと思っています。 ――実際に橋本さんが手がけられた製品が、作品の一部として使われていたそうですね。 橋本さん:はい。一番印象的だったのは、東京ミッドタウン八重洲の入口近くに展示されていた大きなツリーの作品ですね。 そこに使われていた5本のヒトデみたいな形をした「椅子の脚部」のパーツが、私が15年くらい前に設計した製品だったんです。私は企画職の前は設計者だったので、それが現在も製品として販売されていて、さらに作品の一部になっていたというのは、かなり感慨深いものがありました。 実際に会場へ行ったとき、普段のオフィス家具ではあまり使わないような紫色に彩られていて、「これが使われていたんだ」と驚きましたね。 木材なども多く使われていましたが、そこに大胆な色彩が加わることで幻想的なアートに生まれ変わり、東京のど真ん中に展示されている光景は新鮮でした。...
【インタビュー記事】役目を終えたものに針を通す。鈴木麻希子さんが探る「縫う」という表現
「縫う」という行為を軸に、役目を終えた素材に新たな価値を見出すアーティスト・鈴木麻希子さん。布だけでなく、紙や食品パッケージ、野菜の皮など、日常の中で捨てられてしまうものにあえて針を通すことで、独自の表現を生み出しています。 鈴木さんは、『ACTA+』のアーティストの一人としても活動中。廃棄物や使用済み素材を用いた作品を通して、身の回りにあるものとの向き合い方に、新たな視点を投げかけています。 本記事では、鈴木さんがこれまで歩んできたキャリアやアート制作の原点、「縫うこと」に込められた表現の可能性、そして今後の展望についてお話を伺いました。 服飾から美術へ。「縫う」を軸に歩んできた鈴木麻希子さんのキャリア ──まずは、簡単に自己紹介をお願いします。 鈴木さん:私は現在、「縫う」をテーマとした作品を制作しています。 もともとは杉野服飾大学で、最初の2年間は洋裁を中心に、その後の2年間で染色や織りなどを専門に学びました。卒業後はアパレルメーカーに就職し、品質管理の部門にて検査職として働いていましたが、25歳前後に会社を辞めることを決意し、横浜美術大学のテキスタイルデザインコースに編入。3年次に編入したため約2年間、美術としての表現を学びました。 卒業後は家族の事情で福岡県久留米市に移り、福岡を拠点としながら、東京と福岡で個展やグループ展に参加し、作家活動を続けてきました。その中で、「私は美術を体系的に学んだ期間が短い」という感覚があり、大学院であらためて研究したいという思いが強くなったのです。 その後、ちょうど東京に戻ったタイミングで「自分の原点でもある杉野で研究を深めることが自然だ」と感じて、杉野服飾大学大学院の造形研究科に入学し、2023年に修了しました。 ──では、『ACTA+』との出会いを教えてください。 鈴木さん:大学院に入って2年生になった頃、Instagramで『ACTA+』さんの公募「COIL Upcycle Art Contest 2022」を見つけたのがきっかけです。 大学院1年生の頃は授業や仕事もあって忙しかったのですが、2年生になると作品制作に向き合える時間が増えていました。『ACTA+』さんの公募を見て「これ、いけるかもしれない」と思い、思い切って応募したのです。 応募した作品は研究の中で制作していたもので、役目を終えたものを縫った作品でした。 大学院では、作家としてのプレゼンテーションに苦戦していて、毎週のように発表課題がありました。論理的なプレゼンと作家としての表現的なプレゼン、その両方を求められることに戸惑っていましたね。 結果としてアワードの場では、その両方を自分なりに織り交ぜて伝えられ、審査員特別賞をいただきました。この受賞経験は、アート活動における大きな転機の一つだったと感じています。 そこから『ACTA+』さんとの関わりが始まり、現在の活動にもつながっています。 鈴木さんの作品 ミシンとの出会いから、「縫う」を問い直すまでのキャリアの転機 ──そもそも「縫う」という行為への興味は、子どもの頃からあったのでしょうか? 鈴木さん:はい。幼稚園の年長、6歳くらいの頃だったと思うのですが、家の食卓に母親の古いミシンが置いてあってそれが気になって触っていたのが最初のきっかけでした。...
【インタビュー記事】役目を終えたものに針を通す。鈴木麻希子さんが探る「縫う」という表現
「縫う」という行為を軸に、役目を終えた素材に新たな価値を見出すアーティスト・鈴木麻希子さん。布だけでなく、紙や食品パッケージ、野菜の皮など、日常の中で捨てられてしまうものにあえて針を通すことで、独自の表現を生み出しています。 鈴木さんは、『ACTA+』のアーティストの一人としても活動中。廃棄物や使用済み素材を用いた作品を通して、身の回りにあるものとの向き合い方に、新たな視点を投げかけています。 本記事では、鈴木さんがこれまで歩んできたキャリアやアート制作の原点、「縫うこと」に込められた表現の可能性、そして今後の展望についてお話を伺いました。 服飾から美術へ。「縫う」を軸に歩んできた鈴木麻希子さんのキャリア ──まずは、簡単に自己紹介をお願いします。 鈴木さん:私は現在、「縫う」をテーマとした作品を制作しています。 もともとは杉野服飾大学で、最初の2年間は洋裁を中心に、その後の2年間で染色や織りなどを専門に学びました。卒業後はアパレルメーカーに就職し、品質管理の部門にて検査職として働いていましたが、25歳前後に会社を辞めることを決意し、横浜美術大学のテキスタイルデザインコースに編入。3年次に編入したため約2年間、美術としての表現を学びました。 卒業後は家族の事情で福岡県久留米市に移り、福岡を拠点としながら、東京と福岡で個展やグループ展に参加し、作家活動を続けてきました。その中で、「私は美術を体系的に学んだ期間が短い」という感覚があり、大学院であらためて研究したいという思いが強くなったのです。 その後、ちょうど東京に戻ったタイミングで「自分の原点でもある杉野で研究を深めることが自然だ」と感じて、杉野服飾大学大学院の造形研究科に入学し、2023年に修了しました。 ──では、『ACTA+』との出会いを教えてください。 鈴木さん:大学院に入って2年生になった頃、Instagramで『ACTA+』さんの公募「COIL Upcycle Art Contest 2022」を見つけたのがきっかけです。 大学院1年生の頃は授業や仕事もあって忙しかったのですが、2年生になると作品制作に向き合える時間が増えていました。『ACTA+』さんの公募を見て「これ、いけるかもしれない」と思い、思い切って応募したのです。 応募した作品は研究の中で制作していたもので、役目を終えたものを縫った作品でした。 大学院では、作家としてのプレゼンテーションに苦戦していて、毎週のように発表課題がありました。論理的なプレゼンと作家としての表現的なプレゼン、その両方を求められることに戸惑っていましたね。 結果としてアワードの場では、その両方を自分なりに織り交ぜて伝えられ、審査員特別賞をいただきました。この受賞経験は、アート活動における大きな転機の一つだったと感じています。 そこから『ACTA+』さんとの関わりが始まり、現在の活動にもつながっています。 鈴木さんの作品 ミシンとの出会いから、「縫う」を問い直すまでのキャリアの転機 ──そもそも「縫う」という行為への興味は、子どもの頃からあったのでしょうか? 鈴木さん:はい。幼稚園の年長、6歳くらいの頃だったと思うのですが、家の食卓に母親の古いミシンが置いてあってそれが気になって触っていたのが最初のきっかけでした。...
【インタビュー記事】いけばなをアートに再構築する。大薗彩芳さんが挑む、新たな表現のかたち
いけばな三大流派のひとつである「草月流(そうげつりゅう)」の一級師範であり、現代華道家として活動する大薗彩芳さん。 玩具メーカーやゲーム会社での「ものづくり」の経験を経て、現在は花以外の日用品や廃材といった多様な素材を用いて、その場所でしか再現しない「唯一無二性」のある作品を生み出しています。さらに、パブリックアートの領域でも活動の幅を広げ続けています。 本記事では、大薗さんが華道家を志した道のりと『ACTA+』との出会い、作品づくりにおけるこだわりと今後の展望についてお話を伺いました。 企業での「ものづくり」を経て、華道家へ。異素材表現に至るまでの道のり ――まずは、簡単に自己紹介をお願いします。 大薗さん:私は現在、いけばなの草月流の一級師範で、華道家として活動しています。 大学卒業後に入社したのは、憧れであった大手の玩具メーカーです。特撮ヒーロー作品を中心とした玩具や雑貨の開発に携わっていて、1年目からその商品企画開発を担当させてもらいました。 その後、メガベンチャーのIT企業に転職し、事業開発のマネージャーとしてゲーム制作やメタバース関連の大型プロジェクトなどに多く携わりました。 △HOSEKI(パブリック・アート展「神秘の森」) ――会社員を約15年されてきたのですよね。そこから華道の道に進まれるきっかけがあったのでしょうか? 大薗さん:明確な「きっかけ」があったというよりは、「ずっと狙っていた」という感覚に近いですね。3年から5年くらいは、チャンスがあれば生け花やアートだけで家庭を養いたいと考え、ビジネスマンと華道家の2軸で活動していたのです。 ただ、当時は私が理想とするような若手でいけばなのみで生活ができている方がほとんどおらず、先輩方にも相談できる環境でもなかったので、自分で茨の道を模索し続けていた時期がありました。最終的には、会社員としての収入と拮抗してきたタイミングで、華道家一本への転向を決めました。 もう一つ大きかったきっかけは、アウトプットのスピードです。玩具やゲームの開発は、完成するまでに半年から数年単位で時間がかかるのですが、華道やアートは、その場で形になる。その瞬間に生まれる爽快感には、魅力がありました。 華道では、「いけばな草月流」という流派に所属しています。私が生まれる前から母が草月流師範やいけばな作家として活動していたため、育ってきた環境には常にお花やアートが近くにありました。一般的にいけばなというと「花」だけを扱うイメージが強いと思うんですが、草月流では花だけでなく、枝や木など、花以外の「異素材」を使います。私自身も、異素材を使った表現が得意ですね。 △「神秘の森」で使用した素材は、イトーキ社の工場から出た、古いオフィスチェアの部品などの廃棄素材 ――『ACTA+』との出会いについて、教えてください。 大薗さん:最初のきっかけは、2022年に『ACTA+』さんが主催した公募展です。廃棄物を使った現代アートの公募「COIL Upcycle Art Contest 2022」の募集要項を取り寄せたことが始まりでした。自分の作風的にも合いそうだなと感じ、応募を検討していたのですが、そのときはタイミングが合わず、出展には至りませんでした。 その後、『ACTA+』の代表橋本さんとSNSで、何度かやり取りさせてもらっていましたが、その時点ではまだ直接お会いしたことはなかったんです。 初めてお会いしたのは、草月流の後輩である渡部さんの展示会です。場所は東京・二子玉川で開催されていて、生活圏だったこともあって立ち寄ったところ、『ACTA+』の橋本さんと初めてお会いしました。いろいろとお話しする中で意気投合し、現在につながっています。 作品制作の「初め」と「終わり」に宿る高揚感。創作に惹かれ続ける理由 ...
【インタビュー記事】いけばなをアートに再構築する。大薗彩芳さんが挑む、新たな表現のかたち
いけばな三大流派のひとつである「草月流(そうげつりゅう)」の一級師範であり、現代華道家として活動する大薗彩芳さん。 玩具メーカーやゲーム会社での「ものづくり」の経験を経て、現在は花以外の日用品や廃材といった多様な素材を用いて、その場所でしか再現しない「唯一無二性」のある作品を生み出しています。さらに、パブリックアートの領域でも活動の幅を広げ続けています。 本記事では、大薗さんが華道家を志した道のりと『ACTA+』との出会い、作品づくりにおけるこだわりと今後の展望についてお話を伺いました。 企業での「ものづくり」を経て、華道家へ。異素材表現に至るまでの道のり ――まずは、簡単に自己紹介をお願いします。 大薗さん:私は現在、いけばなの草月流の一級師範で、華道家として活動しています。 大学卒業後に入社したのは、憧れであった大手の玩具メーカーです。特撮ヒーロー作品を中心とした玩具や雑貨の開発に携わっていて、1年目からその商品企画開発を担当させてもらいました。 その後、メガベンチャーのIT企業に転職し、事業開発のマネージャーとしてゲーム制作やメタバース関連の大型プロジェクトなどに多く携わりました。 △HOSEKI(パブリック・アート展「神秘の森」) ――会社員を約15年されてきたのですよね。そこから華道の道に進まれるきっかけがあったのでしょうか? 大薗さん:明確な「きっかけ」があったというよりは、「ずっと狙っていた」という感覚に近いですね。3年から5年くらいは、チャンスがあれば生け花やアートだけで家庭を養いたいと考え、ビジネスマンと華道家の2軸で活動していたのです。 ただ、当時は私が理想とするような若手でいけばなのみで生活ができている方がほとんどおらず、先輩方にも相談できる環境でもなかったので、自分で茨の道を模索し続けていた時期がありました。最終的には、会社員としての収入と拮抗してきたタイミングで、華道家一本への転向を決めました。 もう一つ大きかったきっかけは、アウトプットのスピードです。玩具やゲームの開発は、完成するまでに半年から数年単位で時間がかかるのですが、華道やアートは、その場で形になる。その瞬間に生まれる爽快感には、魅力がありました。 華道では、「いけばな草月流」という流派に所属しています。私が生まれる前から母が草月流師範やいけばな作家として活動していたため、育ってきた環境には常にお花やアートが近くにありました。一般的にいけばなというと「花」だけを扱うイメージが強いと思うんですが、草月流では花だけでなく、枝や木など、花以外の「異素材」を使います。私自身も、異素材を使った表現が得意ですね。 △「神秘の森」で使用した素材は、イトーキ社の工場から出た、古いオフィスチェアの部品などの廃棄素材 ――『ACTA+』との出会いについて、教えてください。 大薗さん:最初のきっかけは、2022年に『ACTA+』さんが主催した公募展です。廃棄物を使った現代アートの公募「COIL Upcycle Art Contest 2022」の募集要項を取り寄せたことが始まりでした。自分の作風的にも合いそうだなと感じ、応募を検討していたのですが、そのときはタイミングが合わず、出展には至りませんでした。 その後、『ACTA+』の代表橋本さんとSNSで、何度かやり取りさせてもらっていましたが、その時点ではまだ直接お会いしたことはなかったんです。 初めてお会いしたのは、草月流の後輩である渡部さんの展示会です。場所は東京・二子玉川で開催されていて、生活圏だったこともあって立ち寄ったところ、『ACTA+』の橋本さんと初めてお会いしました。いろいろとお話しする中で意気投合し、現在につながっています。 作品制作の「初め」と「終わり」に宿る高揚感。創作に惹かれ続ける理由 ...