2025年4月、東京・玉川高島屋で開催された『ACTA+』のポップアップストアで、注目を集めた作品がありました。
約20個のじょうろを使い、そこに植物を添えて「廃棄物から命が生まれる」イメージを表現したインスタレーション。制作したのは、いけばなと、植物以外の「異質素材」を用いた立体作品を手がけるアーティスト・渡部芳奈子さんです。
会場では、ある親子が作品の前で足を止め、「すごい、お花みたいできれいですね」と感想を口にしながら、「この人が作ったんだよ」と母親が渡部さんを紹介する場面も。子どもが「学校で環境問題の勉強をしているんです」と話すと、渡部さんは作品の意図を伝え、親子は熱心に耳を傾けていました。
廃棄物に込められた想いや、環境問題へのメッセージが作品を通じて伝わる瞬間でした。
今回は、渡部さんの作品制作の背景や『ACTA+』との出会い、そして今後の活動についてお話を伺いました。
「花を生けるだけでは物足りない」という想いから、華道の“枠”を超える作品づくりへ
――まずは、簡単に自己紹介をお願いします。
渡部芳奈子さん:
私は普段、会社員のエンジニアをしています。大学では理系で数学を専攻し、研究室では、音声合成やメディアアートを学んでいました。もともとアートに興味があり、メディアアートを作りたくて理系の大学に進学したんです。
――子どもの頃からアートやものづくりが好きだったのでしょうか。
渡部芳奈子さん:
そうですね。子どもの頃からモノを作るのが好きでした。
当時はアイロンビーズなどが流行っていて、そういったものを夢中で作っていたようです。手を動かして何かを作るのが、好きだったんだと思います。
また、自宅には「ガラクタボックス」と呼んでいた箱があって、プレゼントの包装紙やおもしろい形の素材をその箱に集めていたんです。折ったり貼ったりして、自分なりに遊んでいました。
――その遊びが、ものづくりの原体験になっていたのかもしれませんね。では、華道はいつ始めたのでしょうか。
渡部芳奈子さん:
実は華道との出会いは社会人になってからです。勤務先の部活動で華道を習い始めました。実際に始めてみたら、想像以上におもしろくて、夢中になりました。
ただ、続けていくうちに「きれいに花を生けるだけでは物足りないな」と感じるようになって。
いけばなの展示では、タイトルを付けないこともあるのですが、もっと表現の幅を増やしたいと思い、次第に社外の華道の展示にも参加するようになりました。たとえば、環境への問題意識を作品を通して伝えられたらなと、コンセプチュアルアート展へ環境問題をテーマにした作品を出展しました。
――では、『ACTA+』との出会いを教えてください。
渡部芳奈子さん:
2024年に開催された『ACTA+』の公募展に応募したのが最初のきっかけです。結果的には落選してしまったのですが、その後『ACTA+』の方がInstagramをフォローしてくださって。それが、出会いの始まりでしたね。
卵パックもじょうろも、アートに変える。「草月流いけばな」と渡部さんの制作プロセス
――渡部さんの作品には、植物以外の素材も多く使われていますよね。お花を使わないことは、いけばなの世界ではご法度ではないのでしょうか?
渡部芳奈子さん:
たしかに、ご法度の流派もあるかもしれません。でも、私が習っている「草月流(そうげつりゅう)」という流派では、植物以外の素材である「異質素材」を用いることも取り入れられているんです。
実際、草月流の教科書にも「異質素材の構成」という植物以外の異質素材だけを使って表現するカリキュラムがあって、卵パックや緩衝材のような身近な素材を使って作品を作ります。
――異素材だけで生けるというのは、まるで現代アートのようですね。
渡部芳奈子さん:
そうですね。草月流のいけばなは、私にとって「立体造形」に近い感覚です。彫刻のようなイメージで捉えています。そこが、私がおもしろいと感じた理由のひとつかもしれません。
玉川高島屋で発表した作品『141.3』
――制作のプロセスについても教えてください。インスピレーションで作るのか、それとも最初から完成イメージがあるのでしょうか?
渡部芳奈子さん:
どちらのパターンもありますね。
コンセプトから作品を考える場合は、「何を伝えたいのか、それをどの素材で表現するのか」を自分でブレストしていきます。1〜2か月ぐらい毎日考えていると、素材のアイデアが出てくることがあります。先にコンセプトを決めてから、芋づる式に素材が決まっていく流れですね。
たとえば今回の作品、「じょうろを約20個を使用したインスタレーション」を制作したときは、まず「環境問題をテーマにしたい」と考え、「水」をテーマに決めました。それから、「オレンジを育てるのに必要な水の量を表すように、じょうろを積み上げたらおもしろいかな」と思いついたんです。
――ちなみに、今回の作品には植物(かすみ草)も使われていましたね。どのような意味が込められているのでしょうか?
渡部芳奈子さん:
この作品は、じょうろと、藤のつるを使用したオブジェなのですが、そこから生命が生まれるようなイメージを込めて植物を加えました。
『ACTA+』のポップアップでは、廃棄物を使ったアート作品が数多く展示されると聞いていたので、「廃棄物から生まれる新しい可能性」を表現したいと思ったんです。
じょうろや藤のつるだけだと「使い古されたもの」「枯れている」という印象が強くなってしまいますが、そこに植物を加えることで、生命のイメージを感じられるといいなと思いました。
ホッキョクグマの映像から芽生えた環境問題への意識。「アートを通じて伝えたい」
――渡部さんの作品は、環境問題をテーマにした作品が印象的ですが、興味を持つようになったきっかけは何だったのでしょうか?
渡部芳奈子さん:
きっかけは、子どもの頃に動物が好きで、よく動物のドキュメンタリー番組を見ていたことです。ホッキョクグマの氷が溶けて住む場所がなくなっていくような映像を目にして、自然と環境問題に関心を持つようになりました。
そこから、水不足や食料廃棄、フラワーロスといった問題にも関心が広がり「自分にできることはないかな?」と思うようになったんです。
また、社会問題全般にも関心があります。たとえば、性差別のようなテーマにも興味がありますね。私はエンジニアとして働いていますが、職場では男性が多く「マイノリティー(少数派)」としての立場を経験していることも影響しているのかもしれません。
ホッキョクグマが直面する環境問題のイメージ
――環境や社会問題への意識が、作品制作にもつながっているのですね。
渡部芳奈子さん:
そうですね。自分一人では大きなことはできないけれど、作品を通して何かを伝えることはできる。その想いが、作品づくりにはありますね。
「植物×廃材」で社会課題を伝える。『ACTA+』と描くこれからの可能性
――今後、「ACTA+」の活動に関わっていきたいという想いはありますか?
渡部芳奈子さん:
はい、ぜひまたご一緒したいです。素材の縛りなく自由に制作させていただけたことがとてもありがたいと思いました。加えて、廃棄物を利用したアートという形で、自分が興味を持っている環境問題を絡めて表現する機会をいただけたことが大変貴重でした。
というのも、いけばな展はそもそもかなり自由度が高いのですが、それ以外の公募展の会場となるようなギャラリーや美術館では、植物や砂、水の利用すら厳しいことがありました。そういった点でも今回は、自由度が高く、制作しやすかったです。
また、いけばな展や公募展の場合、関係者やあらかじめ展示に興味を持って来てくださる方が多いのですが、今回のように百貨店でのポップアップの場合は、いけばなを知らない一般の方にも広く見ていただけたのが自分自身とても新鮮で、大変ありがたいと思いました。
『ACTA+』のように、アーティストの視点や表現を尊重しながら、社会的なテーマとつなげて発信できる場を作ってもらえることは、大変貴重だと思います。
――たしかに、異素材の作品となると展示場所が限られるかもしれませんね。では最後に、渡部さんが今後やってみたいことを教えてください。
渡部芳奈子さん:
今回のじょうろの作品は「オレンジが育つのに必要な水の量」をテーマにしました。「バーチャルウォーター」と呼ばれる、食品を生産する際に、実質的に必要な水の量を表現できないかと考えたんです。オレンジの実1つをとっても、実はこんなにも水を消費するということをわかりやすく可視化できればと思い制作しました。
このテーマは、今後も続けていきたいと思っています。ほかの果物や野菜でも同じように作品が作れたら、シリーズとして展開できるかなと考えています。
私はいけばなをベースにしているので、「植物 × 異素材」という自分らしい組み合わせを活かしながら、社会課題に目を向けてもらえるような、メッセージ性のある作品をこれからも届けていきたいです。