「海のごみ」と聞いて、まず思い浮かべるのは、ペットボトルやレジ袋、ストローなどのプラスチックごみではないでしょうか。しかし、海に漂うごみはそれだけではありません。
海洋ごみの中で特に問題とされているのが「漁網(魚を捕まえる網)」です。
WWF ジャパンの調査(※)では、太平洋ゴミベルト(GPGP)に存在する直径5cm以上の漂流プラスチックの質量のうち、約46%が漁網と報告されています。さらに、回収された75〜86%が漁具であることも明らかになっています。
今回は、廃棄された漁網を用いたアート制作を行う『ACTA+』アーティスト・しばたみなみさんに、漁網が抱える課題や見えにくい海の環境問題の現実、私たちが環境のためにできることについてのお話を伺いました。
※参考:『日本における ゴーストギア対策の 現在地』|WWF ジャパン
拾えないごみ「漁網」はなぜ海に?回収現場の現実
――そもそも、なぜ海に漁網があるのでしょうか?
しばたみなみさん:
漁をしている際に、不可抗力で海に出てしまっているケースが多いと聞いています。
例えば、漁の最中に網が「根がかり」して、海底の岩などに引っかかってちぎれてしまったり、破損してそのまま流出してしまったり。釣りのルアーが引っかかり外れないという感覚に近いですね。
しかも漁網はサイズが大きいので、海に浮くというより海の底に沈んでしまうことが多いんです。だから目立たず、回収が難しくて問題が静かに進行していくのです。福岡市の海岸でも、砂に埋もれてしまってまったく引き抜けないロープや網があります。
――ビニール袋などの小さなごみは海岸で見かけることがありますが、漁網ってあまり見かけないのでイメージしづらいかもしれませんね。
しばたみなみさん:
そうですよね。でも実際には、とても深刻な環境問題になっています。漁網がプール一杯分ほど落ちているような状況もあるんです。
例えば長崎県・対馬の海岸では、砂浜一帯が緑色の漁網やロープで埋め尽くされていました。足元に落ちているというより、絡まり合って大きくなりすぎていて、「ちょっと拾って片づけよう」なんていうレベルではありませんでしたね。
さらに厄介なのは、放置された漁網が船のスクリューに巻き付いて事故につながることもあるという点です。最悪の場合、船が壊れて沈んでしまうリスクもあるので、漁に出る前に漁師さんたちが自ら網を取り除いていることもあると聞いています。
――それだけ大量に海へ出ている漁網を、漁師さんたちはどうやって回収しているんでしょうか?
しばたみなみさん:
私自身は現場に同行したことはないのですが、話を聞く限りでは、漁に出る前にスクリューに絡まないよう、浅瀬に潜って網の状態を確認したり、引っ掛けて持ち上げたりするそうです。もし、漁網の破片が自分たちの網に入り込んでしまうと、魚に傷がつき商品にならなかったり、網が使えなくなってしまったりすることもあるので、チェックは大変だと思います。
しかも、そういった作業はほとんどが「自費」で行われているんです。自分たちの安全のためとはいえ、当然のように対応している事実は、もっと知られるべきだと思います。これは本当に大きな負担ですよね。
漁網がストラップに変身。見えない海の課題を作品で可視化
――しばたさんは、そうした海の見えない問題を、日常に寄り添う形で伝えるために、漁網を使ったプロダクト制作にも取り組んでいますよね?
しばたみなみさん:
はい。漁網を使ったストラップなどのアイテムを作っているのですが、アートというより「使って楽しんでもらえること」を前提に制作しています。
デザインとしての可愛さや使いやすさから手に取ってもらい、「これ、漁網からできているんだ」と気づいてもらえたら嬉しいなと思っていて。そこから、海にある見えにくい問題や背景にも関心を持ってもらえたらと思い、漁網にフィーチャーして制作しています。
出典:ニチモウ株式会社
――プロダクトの素材となる漁網は、実際に海から回収されたものなのでしょうか?
しばたみなみさん:
いえ、プロダクトに使用しているのは、漁網メーカーのニチモウ株式会社から提供していただいている、製造過程で出た端材です。日常的に身に着けるものなので、衛生面などの理由から漂着物を使うのは難しいからです。
ニチモウ株式会社では、漁網のリサイクル技術にも取り組まれていて、端材も無駄にされているわけではありませんが、取り組みの一環として私のもとに素材を提供してくださっています。
――提供されるロープの端材などの素材は、そのときどきで違うんでしょうか?
しばたみなみさん:
はい。端材なので、色も素材感も毎回違います。こちらで色を指定できるわけではないので、届いた素材の中から「これは可愛いな」と思う組み合わせ探しから始めます。
素材の色は、作品作りにおいて特に重視しているポイントです。自分が「ときめくもの」を大切に選定していますね。
――ロープの端材の色って、白や緑、黒など限られた色のイメージがあるのですが、どのように工夫されているのでしょうか?
しばたみなみさん:
素材を組み合わせて「この素材のこの色を組み合わせたらどうなるかな?」と試行錯誤しながら制作しています。黒や一見地味に見える色でも、他のカラーと組み合わせることで印象が変わり、可愛くなるんですよ。
まるで「なぞなぞ」を解いているような感覚ですね。「これは何ができるだろう?」と考えながら「次は何しようかな」といった感じで毎回新鮮な気持ちですね。
こうした意外な発見があるのも、廃材を使うものづくりならではの面白さだと思っています。
「これって海ごみなの?」小さな気づきが、行動や社会とつながるきっかけに。
――最後に、しばたさんが活動を通じて伝えたいことについてお聞かせいただけますか?
しばたみなみさん:
はい。やはり「海ごみの問題について知ってもらうこと」が大切だなと思っています。アート作品やプロダクトをきっかけに、「このような海の環境問題があるんだ」「実はこのような背景があるんだ」と知ってもらい、一人ひとりが考えてもらいたいと願っています。
――漁網を使ったプロダクトやアートには、そのような思いが込められているのですね。
しばたみなみさん:
はい。例えば昨年、福岡のクリスマスアドベントで展示した漁網のツリーも、パッと見ただけではわからないかもしれませんが、パネルなどで「漁網からできています」と伝えるようにしました。オーナメントも親子で一緒に作っていただいたときに、ツリーが漁網で作られているというのが多分わかるんです。
そうした活動を通じて「これ、実はごみだったの?」と興味を持ってもらうことが、最初の一歩になると思っています。
――プロダクトやアートを通して廃棄物に光を当て、私たちの生産や消費の流れを考えるきっかけにもなりそうですね。
しばたみなみさん:
そうですね。海ごみを、ただ「ごみ」とひとくくりにするのではなくて、「どうしてここに流れ着いたのだろう?」「なぜ海にこのごみが落ちているのだろう」といった過程や背景に興味を持ってもらいたいなと思っています。
また私自身は、環境活動家になろうと思って始めたわけではないんですが、「この海ごみって何だろう?」「誰かに伝えたいな」と感じたことを作品として形にした結果、少しずつ社会とつながることができたのです。
だからこそ、プロダクトやアートを見てくれた方にも、「興味があることを掘り下げてみることで、社会とつながれるかもしれない」「自分にもできることがある」などと感じるきっかけになってほしいなと思います。
漁網が語る海の課題。しばたみなみさんの作品が届ける“気づき”
本記事では、アーティスト・しばたみなみさんにお話を伺い、漁網が抱える課題や漁網を再利用したプロダクト制作の背景、私たちが環境のためにできることをご紹介しました。
私たち『ACTA+』が注目しているのは、廃棄物から生まれたアートが、単なるリサイクルにとどまらず「なぜごみとして不要になってしまったのか」といった背景やストーリーを可視化し、目を向けるきっかけを作ることです。
しばたさんの作品に触れ、「この素材がどこから来たのだろう?」「なぜ海に流れ着いてしまったのだろう?」と問いが生まれることで、その背景を知るきっかけになります。
こうした問いを生み出すことが、日々の消費や生産のあり方を見直す第一歩になると『ACTA+』は考えています。
しばたさんの作品を通して、多くの方が漁網や海洋問題について「知る」「考える」きっかけを持っていただければ幸いです。