たんぽぽの綿毛を用いた作品を制作するアーティスト・デザイナーの青沼優介さん。都市や建築をテーマにした独自の表現を展開しています。
2026年に東京で開催された、廃棄物を用いた『ACTA+』のパブリックアート展「神秘の森」では、参加アーティストの一人として参加。東京駅周辺で排出された瓦礫とたんぽぽの綿毛を活かした作品を展示し、都市の瓦礫から新たな生命が立ち上がるような景色を表現しています。

本記事では、青沼さんのこれまでの歩みや作品づくりの過程、アートにおける視点や今後の展望についてお話を伺いました。
たんぽぽの綿毛から「建築作品」を生み出す。青沼優介さんの歩み
――まずは、簡単に自己紹介をお願いします。
青沼さん:
私は現在、アーティスト・デザイナーとして活動しています。武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科を卒業後、東京藝術大学大学院美術研究科の修士課程を修了しました。
作品では、主に「たんぽぽの綿毛」を用いた建築作品を制作しています。その代表作の一つが、「息を建てる/都市を植える」で、2018年の「TOKYO MIDTOWN AWARD」でグランプリをいただいた作品になります。
また、教育活動にも携わっており、東京都立大学システムデザイン学部で助教を務めるほか、武蔵野美術大学では非常勤講師としても活動しています。
――青沼さんは現在、ビジネスパーソンが行き交うオフィスビル内で作品を制作されているそうですね。
青沼さん:
はい。2025年10月から、日本橋室町三井タワー5階のオフィスビルのロビーに小さな制作スペース「三畳芸術センター」を設け、作品の制作や展示を行っています。
「三畳あれば作品がつくれる」という発想から、オフィスビルという日常の場所で、アトリエを開くような形で始めた取り組みです。そこでは、先ほどお話した代表作「息を建てる/都市を植える」のほか、日本橋近辺で拾った瓦礫を土台に、たんぽぽの綿毛を用いた作品なども展示しています。
※本インタビューは2026年2月19日に実施したものです。上記の企画は終了しています。
瓦礫・綿毛・和紙でつくる再生の景色。『ACTA+』の「神秘の森」の展示作品
――2026年に東京で開催された『ACTA+』のパブリックアート展「神秘の森」に参加されていますが、作品について教えてください。
青沼さん:
はい。今回の展示では、東京駅周辺で排出された瓦礫を素材にした作品「息を建てる虫瞰」を制作しました。
再開発の中で生まれる瓦礫は、建物が解体され、砕かれて小さな石になっていきます。その姿を見ていると、分解された「細胞」のようにも見えるんです。私はそうした解体の過程を「生物の死と同じだ」と捉えたんです。
解体は終わりではない。分解であり、再生の始まりだと。
そこで今回の作品では、瓦礫から、たんぽぽの綿毛が立ち上がるような構造にしています。瓦礫から「新しい建築」としての生命が芽生え、そこから景色が生まれていくようなイメージでつくりました。


△東京ミッドタウン八重洲での展示の様子
――今回の作品には、瓦礫やたんぽぽ以外にはどのような素材を用いたのでしょうか?
青沼さん:
作品は、東京駅周辺で入手した瓦礫とたんぽぽの綿毛、そして和紙を用いて制作しました。瓦礫、たんぽぽの綿毛、和紙という対極的な素材を組み合わせることで、解体と再生を表現しています。


素材からではなく、思想から。青沼さんの作品創造とアートのあり方
――作品づくりでは、素材を見てから具体的なアイデアが生まれるのでしょうか?
青沼さん:
素材を見つけてから「これで何をつくろう」と考えるというよりも、もともと自分の中にやりたいことがあって、そこに素材がはまる、という感覚に近いですね。私は普段から、作品について考え続けている状態なんです。
今回の瓦礫も、見つけてから何かを思いついたというより、「自分が考えていたことに、この素材が入ってきた」という感じでした。瓦礫自体が美しく見えたので、「どう昇華できるか?」を言葉や方法として考えながら、試作を繰り返しています。
――常に作品のことを考えているとのことですが、制作から離れる時間はあるのでしょうか。
青沼さん:
ないですね。私は基本的に、制作以外のことを考えられないタイプなんです。生活している時間も含めて、慢性的に作品について考え続けている状態ですね。
プライベートでも「こうしたい」「ああしたい」という考えがずっと頭の中にあって、生活の中で自然と作品の思考が続いています。ですので「オン」と「オフ」を分けることがあまりできないのです。
――では作品のインスピレーションは、普段の日常から得ているのでしょうか?
青沼さん:
そうですね。特別な場所に行くというより、日常の風景からですね。
散歩をしたり、街を歩いたりする中で、建物や窓、人の様子などを見ていると十分インプットになります。「インスピレーションを探しに行く」というより、生活の中で見えてくるものから着想を得ている感覚です。
また大学で講師もしているので、そこまで車で通っているのですが、往復で3時間ほどあるので、運転中に考えがまとまることも多いですね。
美術館やギャラリーなども、実はあまり行きません。既存のアートに触れると、どうしても批評的な目で見てしまうからです。展示の仕方や作品の見せ方などを見ると「自分はどう考えるか?」と無意識に思考してしまうので、自分の考えに影響が出ないよう、あえて距離を置くこともあります。


――制作中は、音楽などを流したりするのでしょうか。
青沼さん:
いえ、音楽は流さないですね。BGMも必要ないんです。
たとえば、踏切の音が聞こえたとき、最初は気になっていても、しばらくすると自然と環境音になっていくんですよね。そういう街の音を楽しみながら制作するのが、自分には合っている気がします。
――なるほど。だから三畳芸術センターのようにビジネスパーソンに囲まれた環境でも、制作できるのでしょうか。
青沼さん:
そうですね。最初はストレスになるかと思っていたのですが、あまり気になりませんでした。むしろ、「アートには詳しくない」というビジネスパーソンの方々と話すことで、新しい気づきがあることも多かったですね。たとえば、私は「アートは偉いものではない」と思っていますが、実際にはアートが少し権威的に見られていることもあるのだと知りました。
そういった意味で、三畳芸術センターを開いた意義もそこにあります。作品をつくっている人がその場にいて、生きている姿を見せることで、アートに対する偏見から少し離れたコミュニケーションが生まれるのではないかと考えました。実際にそこで活動し、出会った方々と話してよかったと思えることが多かったですね。
ただ、公共の場では、アートは「邪魔」と言われることもあります。
道行く人にとっては、作品のテーマや意味とは関係なく、物があること自体が気になる場合もあるのです。
だからこそ、公共空間にアートを置くことは難しい。どうすれば自然にアートを体験してもらえるのか、どうすれば「邪魔」と感じずにアートと出会えるのか。そうした体験をうまく実現できればと思っていますし、あの場所で制作すること自体が、何か一石を投じることになればいいと願っていますね。
「綿毛に目を留めるような変化があれば」アートの価値と今後の表現
――作品を見た人にどのような気持ちで帰ってもらえたら嬉しいですか?
青沼さん:
あまり押し付けることはしたくないんです(笑)作品を見る前と後で、自分の中で何かが変わる人もいれば、変わらない人もいると思うので。
もし作品を見ても特に変わらないなら、その方にとって別のアートの方が合っているのかもしれません。アートは、出会いの相性のようなものだと思っています。たとえば「ART FAIR TOKYO」のようなイベントが好きな人もいれば、今回の展示のような場所での作品に興味を持つ人もいる。そうした違いは自然なことだと思います。
ただ、私の作品を見たことで何か少しでも変化が生まれたら、それは嬉しいですね。

――具体的には、どのような変化があると嬉しいのでしょうか?
青沼さん:
本当に些細なことでいいんです。
たとえば「綿毛を家で飾ってみよう」と思ったり、「次に綿毛を見つけたら飛ばさないでおこう」と思ったり。あるいは「空間をこうつくると、このように見えるんだ」と感じることでもいい。作品を見ることで、そうした小さな気づきが生まれたら十分だと思っています。
日常生活の中で、必ずしも必要ではない視点や感覚に気づくこと。それを埋めるのがアートの役割だと思うんですよね。
便利な道具のように「役に立つから買う」というものではなく、ものの見方や価値基準が少し変わることがあれば十分だと思っています。
芸術とは、大きな変化を起こすものではないかもしれません。でも、自分がどこを見ているのか、どうやってものと向き合うのか。そのような「日常の視座」が少し揺らぐような体験が生まれればいいなと思っています。
――では最後に、今後の青沼さんの展望をお願いします。
青沼さん:
都市の建物は常に壊され、新しくつくられ続けています。その中で生まれる瓦礫のような「都市の死」から、新しい生命の景色を立ち上げる。そうした視点を、今後も作品とつくることで表現し続けていきたいと思っています。
