【インタビュー記事】鉄という素材で、人の心と可能性をひらく。鉄彫刻家・竹内さんのものづくり

【インタビュー記事】鉄という素材で、人の心と可能性をひらく。鉄彫刻家・竹内さんのものづくり

広島県福山市を拠点に活動する鉄彫刻家・竹内さん。祖父が営んでいた鉄工所を制作の拠点とし、溶接技術を活かしながら「あなたを鉄で励ますこと」をテーマに、幅広い作品を生み出しています。

近年は母校の工業高校で生徒たちへ講評やアドバイスを行うなど、ものづくりの技術が自己表現にもつながる可能性を伝える活動にも取り組んでいます。


本記事では、竹内さんが鉄彫刻家を志した原点や作品に込める想い、今後の展望についてお話を伺いました。



△竹内さんの制作風景

 

 

祖父の鉄工所から始まった。鉄彫刻家・竹内さんのものづくりの原風景


──まずは、簡単に自己紹介をお願いします。


竹内さん:

私は広島県福山市出身・在住の鉄彫刻家です。鉄を用いて、純粋芸術から商業的な表現まで幅広く制作しています。日常で出会う物質との距離感を、鉄という表現で共有することを目指して、鉄工所の技法を取り入れながら作品をつくっています。

福山には大手鉄鋼会社の工場があり、関連企業や支店も多く集まっていて、いわゆる中核都市でものづくりの街でもあるんです。


──現在は、おじいさまが営まれていた鉄工所を制作の拠点にされているそうですね。


竹内さん:

はい。祖父が営んでいた鉄工所の場所を借りて、自分の制作物をつくっています。

仕事も祖父の会社の仕事ではなく、自分自身で受けたものです。祖父の会社で働いているというよりは、その場所を作品の制作拠点として使わせてもらっている、という状況に近いですね。

祖父の鉄工所は、主に溶接業をしていました。そのため、幼少期から鉄工所やものづくりが身近にあって、「好きだった」というより、当たり前のようにしていた感覚に近いですね。段ボールや画用紙などを使って戦隊モノのコスチュームをつくったり、ホームセンターへ木材を買いに行き、自転車で持ち帰っては棚などをつくったりしていました。


絵を描くというより、立体物をつくるのが好きな子どもでした。それが、今の活動につながっているなと感じています。


──その後、工業高校で溶接や鍛造などを学ばれたのですね。


竹内さん:

そうですね。ちょうど入学した頃はリーマンショックの影響で「手に職をつけよう」という風潮もあり、普通科ではなく工業高校を選ぶ同級生も多い時代だったんです。工業高校では、アーク溶接など現場で使える免許を取ったり、製図やプログラミングを学んだりしました。


高校卒業後は、倉敷芸術科学大学に進学しました。当時はガラス専攻で、吹きガラスなど、大学では鉄とは違うものを学びたいと考えていたんです。ただ、いろいろな事情があり大学を辞め、その後もう一度、祖父の鉄工所に戻ることになりました。


──『ACTA+』との最初の出会いはいつ頃だったのでしょうか?


竹内さん:

最初のきっかけは、2〜3年前に『ACTA+』さんの公募へ応募させていただいたことです。

そのとき応募したのは、段ボールと鉄を組み合わせた作品でした。入選には至らなかったのですが、後日『ACTA+』さんから個別にご連絡をいただきました。とても嬉しかったですね。

それが、2025年の『ACTA+』さんとオリックス・ホテルマネジメントさんが取り組まれたアート展示の作品制作につながっています。

 


△オリックス・ホテルマネジメント「箱根・強羅 佳ら久」で展示中の作品(抜粋)

△オリックス・ホテルマネジメント 箱根・強羅 佳ら久での展示のため制作した作品(手前)

 

△箱根・強羅 佳ら久にて(一番右が竹内さん)


 

「これで何かつくれないか?」。鍛造との出会いから溶接アートへ


──ものづくりが、現在のような「アート」へとつながっていったきっかけは何だったのでしょうか?


竹内さん:

子どもの頃から、絵を描くよりも立体物への好奇心のほうが大きかったんです。

工業高校での授業は、「楽しさ半分、嫌々半分」みたいなところはありましたが(笑)、そこで学んだことは今につながっています。特に楽しかったのが、金属を熱して叩いたり圧力を加えたりして金属を加工する「鍛造(たんぞう)」という鍛冶屋さんの実習です。真っ赤に焼いた鉄を叩いて、蕎麦切り包丁をつくったり、卒業制作のような形でランプシェードをつくったりしました。

そのあたりから、美術のジャンルで作品としてアウトプットすることへの興味が少しずつ湧いてきたように思います。


──それから芸術大学に進学して、鉄工所へ戻られたのですね。


竹内さん:

はい。祖父の鉄工所で再び勉強をさせてもらうことになりました。

学校で溶接の免許を取っていても、実際に仕事となると、現場ならではの難しさがあります。そうした感覚や技術は、祖父や伯父が教えてくれました。道具に恵まれていたこともありますが、それ以上に、教えてくれる人に恵まれていたなと思います。


その中で、工場に鉄板の端材がたくさんあるのを見て「これで何かつくりたいものをつくれるんじゃないか?」と感じたのです。それが、作品づくりのきっかけでした。


──本格的にアーティストとして活動するようになった転機はあったのでしょうか?


竹内さん:

18、19歳の頃に、溶接機メーカーのSUZUKIDさんが主催する溶接アートのコンペを見つけたのです。そこで、仕事の合間に「これを目指して何かつくろう」と思い立ち、応募した作品で準グランプリをいただきました。


その受賞をきっかけに、さまざまなご依頼をいただき、本格的に「美術とは何か」「自分は鉄で何を表現できるのか」を考えるようになり、現在の活動につながりました。

 



△竹内さんの作品

 

 

「あなたを鉄で励ます」。人のためのものづくりへと変わった転機 


──竹内さんの作品には、どのようなテーマやメッセージが込められているのでしょうか。


竹内さん:

共通しているのは、「あなたを鉄で励ますこと」ですね。

もちろん、作品によって表現はさまざまです。ポジティブなものもあれば、社会風刺のようなものもあります。ただ、どの作品でも鑑賞者と作品との間に余白や余裕があって、対話ができる距離感を保てるものを目指していますね。


「今日もお疲れ様でした」「ご苦労さまでした」と、誰かを労うような作品をつくりたいんです。


──そのような考え方は、いつ頃から生まれてきたのでしょうか?


竹内さん:

18歳の頃から作品をつくっていて、そのときは自分自身を表現したい気持ちが強かったんです。ただ、20代中盤頃に体調を崩したことがあって、その頃から少しずつ考え方が変わっていきました。


工業製品的なものもつくりながら作家活動をしていて、少し体を壊したときに、その両軸をもっとミックスさせて、「自分を犠牲にすることはないが、人のために何かをつくっていこう」と思うようになったんです。


言葉にするのは難しいのですが、自分がつくったものを、どこか他人事のように俯瞰して見る感覚が生まれてきたんです。そうして俯瞰できたときに、「世のため、人のため」に向けたものづくりのほうが、自分も楽なんだと感じるようになりました。


──「人のためにつくる」という意識が、現在の活動につながっているのですね。


竹内さん:

そうですね。自分がつくりたいものだけを追いかけていると、どうしても苦しくなってくる感覚があったんです。


18、19歳の頃は、「どうやって生きていこうかな」と常に考えていました。準グランプリをいただいたコンペの少し前には、地元の公園で開催されるマルシェに定期的に出店し、鉄でつくったペーパーウェイトや小さなお皿、マネートレイなどを並べていました。

地元の飲食店を経営されている方がふらっと立ち寄って買ってくださることもあって、そのときに「お金を稼ぐって大変だな」と感じたのを覚えています。


でも同時に、自分のつくったものが誰かの手に渡り、カフェやご自宅に置かれることで、そこから新しい会話が生まれることもあるんだと感じました。実際に、そのつながりから新たなご依頼をいただくこともありました。

そのため、作品はコミュニケーションツールの一つにもなるのだと思っています。


例えば、お皿をつくったときに「もう少し大きければDMはがきが置ける」と言われて、その規格に合わせたものをつくるようになったこともありました。作品についても、「横に長いものより縦を意識したほうが置きやすい」と教えていただいたことがあり、今は実際に置かれる場所まで想像して、縦軸を意識してつくっています。

 

 

鉄でつくる意味を問い続ける。竹内さんの制作プロセスと素材へのまなざし


──
作品を制作するプロセスを教えてください。

竹内さん:

基本的には、鉄工所の技術である溶接や板金などを用いて制作しています。

金属の端材だけでなく、購入した素材も半々くらい使っています。端材は、つくりたい大きさに合う素材が見つからなかったり、塗装を落とす手間やコストがかかったりすることもあるんです。


作品づくりの最初は、画用紙やIllustratorで作品の図面のようなイメージを描き、パターンを考えますね。画用紙の場合は、それを少し立体的に組んでみる。洋服のつくり方に少し似ているのかもしれません。


図面から考えてつくるときもあれば、偶然できた形から発見が生まれることもあって、その過程を楽しんでいます。


──作品を制作する際、どのような手順や技法を大切にされているのでしょうか?


竹内さん:

できるだけ「鉄でつくる意味」をなくさないように意識していますね。例えば、あえて色を塗装しないことも多いです。


端材を使うときも、溶接をするために塗装をすべて落とすこともあれば、逆に塗装が残った端材をどう活かせるかを考えることもあります。適当につくったパーツや端材などをランダムに組み合わせる楽しさもありますね。


また、「これをこうしたらどうなるんだろう?」と、技法そのものを試すこともあります。鉄を叩いたり、溶接したときの曲がり方や歪み方を見たりして、実験や練習のようなこともしています。


──『ACTA+』での作品制作では、鉄以外の素材も取り入れられていましたね。


竹内さん:

そうですね。

先ほどお話した『ACTA+』さんとオリックス・ホテルマネジメントさんのプロジェクトでは、わらじや小松石、火山灰など、自分だけではなかなか出会わなかった素材を『ACTA+』さんから提案していただきました。


普段から他の作家さんの什器や、ステンドグラス作家さんの枠を制作することもあるので、他の作家さんとのコラボレーションを通じて、異素材と組み合わせた作品づくりも以前から行っています。



△オリックス・ホテルマネジメントでのプロジェクトにおける制作風景

 

 

本屋もスーパーも創作のヒントに。日常から生まれる創作のアイデア


──創作のアイデアは、どのようなところから生まれるのでしょうか?


竹内さん:

日常生活から受ける影響のほうが大きいですね。

暇があれば本屋へ行って、各ジャンルの棚を一通り見て回ります。そうすると、頭の中にいろいろなピースが乱雑に残っていくんです。その中で、自分にとって一番核となった本を手に取り、今後の参考にしています。


音楽もそうですし、街で見かける建築もそうです。スーパーへ食料品を買いに行ったときに、新商品のお菓子や鮮魚、精肉コーナーなども見てヒントにしています。

オンライン、オフラインを問わず、見聞きして興味が湧いたものには「これを鉄で表現するとどうなるだろう」と考えることが多いですね。


──普段の何気ない風景が、そのまま作品につながっているのですね。


竹内さん:

そうですね。普段過ごしていると、アイデアが降りてくるイメージです。


例えば以前、お菓子のクラッカーを食べていたときに「これを鉄でつくったら面白いんじゃないか?」と思って、実際に鉄のクラッカーをつくったことがあります。アイデアは思いついたらすぐに書き留めていますし、どうしても気になったときは仕事を中断して、夜中までつくり続けてしまうこともあります。


△竹内さんの作品

 

 

鉄を軸に、さらに大きな表現へ。技術と自己表現の可能性を次世代へつなぐ


──
今後、竹内さんが挑戦したい表現や目指しているビジョンについて教えてください。


竹内さん:

今後も鉄を主とした作品制作は続けていきたいと思っています。


その一方で、今年から広島市立大学芸術学部の社会人コースに通い、銅の鍛金(たんきん)について学び始めたのです。

鉄を辞めるわけではなくて、銅ならではの加工技術や素材の特性を知ることで、鉄の作品制作へ活かせるのではないかと考えています。実際に、銅は鉄とは柔らかさや伸び方が違うので、学びながら新しい気づきも多くありますね。


──最近は、母校の工業高校とも関わりが生まれているそうですね。


竹内さん:

はい。母校の工業高校で、3年生の課題研究の講評やアドバイスをさせていただく機会をいただいています。また、今年から福山市で開催されている芸術祭のキュレーターに就任することになり、その活動の一環で工業高校の生徒たちとディスカッションをする機会も増えました。


私自身、工業高校時代はものづくりの勉強を「やらされている」という感覚もあって、ものづくりの楽しさを十分に理解できていたわけではありませんでした。


でも、工業高校で学んでいる技術は、誰もが何かを表現するための術でもあると思っています。図面通りのものを正確につくる技術を身につけることも大切ですが、仕事だけでなく、いろいろな形で活かしてほしいなと感じています。

工業高校で今やっている技術を応用すれば、自己表現にもつなげられる可能性や楽しさを、生徒たちにも伝えていきたいですね。


──では最後に、『ACTA+』に期待していることを教えてください。


竹内さん:

私が用いている鉄やその他の非鉄金属は、古くから再生可能な資源として活用されてきました。仕事柄、地元のスクラップ業者さんと関わる機会も多く、「ゴミとされているものを何かに活かせないか?」という話をいただくことも少なくありません。


だからこそ、『ACTA+』さんが取り組まれているような、廃棄物に新しい価値を見出し、アートを通じてお金だけではない付加価値を社会へ届けていく活動には興味がありますし、期待も感じています。


個人的には、これまで制作してきた作品は30〜40cmほどのサイズのものが多かったので、今後はもっと大きな作品にも挑戦してみたいと思っています。

 

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