【インタビュー記事】休職中に見つけた「描くこと」が日常を変えた。マニキュアアートとchikako adachiさんの歩み

【インタビュー記事】休職中に見つけた「描くこと」が日常を変えた。マニキュアアートとchikako adachiさんの歩み

『ACTA+』のアーティストのひとりである chikako adachiさんは、2024年に開催された公募展「ACTA+ ART AWARD 2024」への参加をきっかけに、マニキュアを使った作品で注目を集めました。

会社員として働きながらアーティストとしても活動するchikako adachiさんの原点は、休職期間中に「使いかけのマニキュア」で自らを癒すために描いた絵でした。

現在は、日常の感情や街の風景、制作過程で生まれる“かけら”さえも表現に変え、日本国内にとどまらず台湾での個展など海外へも活動の場を広げています。

今回は、chikako adachiさんがマニキュアアートと出会い、作家として歩みを進めるまでのストーリーを伺いました。


インタビューをさせていただいたアーティストのchikako adachiさん。


 

「会社員×アーティスト」chikako adachiさんと『ACTA+』との出会い

――まずは、簡単に自己紹介をお願いします。

chikako adachiさん:
私は1988年生まれで、出身は滋賀県です。生まれは京都の宇治ですが、その後一時奈良県に引っ越し、3歳のときに父が空手道場を開くタイミングで滋賀県に移りました。それ以来、ほぼ滋賀県で育ちました。

大学進学をきっかけに上京し、卒業後は東京で就職しました。広告制作の会社に約4年半勤めた後、イベント関連の会社に転職して2年半ほど勤務。そのうち、最後の半年間である2019年秋から2020年春にかけては休職していたのですが、「新しいことを始めたい」という思いから2020年5月に大阪に移住し、現在はアートギャラリー関連の会社で働いています。

2022年からは各地のアートコンペに応募を始め、会社員として働きながらアーティストとしての活動も本格的にスタートしました。

 

――『ACTA+』との出会いを教えてください。

chikako adachiさん:
2024年11月に、『ACTA+』が主催した廃棄物アートの公募展「ACTA+ ART AWARD 2024」に参加したことがきっかけです。準ファイナリストに選出していただき、マニキュアを使用した作品が「珍しい」と注目していただきました。

 

休職中、心の支えになった「描く時間」。マニキュアアートの始まり

――もともと、アート作品を作ることに興味があったのでしょうか?

chikako adachiさん:
正直、アートとはこれまで縁がありませんでした。アートといえば、美術の教科書で見るくらいのものでしたね。

アートギャラリーに足を運んだのも、大阪に引っ越して30代になってからが初めてなのです。東京に住んでいた頃、美術館に行ったことはありますが、少年ジャンプ展のような少しエンタメ寄りの展示ばかりで、美術家やアーティストの作品に触れる機会はほとんどありませんでした。

 

――アート作品を作るようになったのは、どのようなきっかけだったのでしょうか?

chikako adachiさん:
アートを描き始めたのは30代前半、半年ほど休職していた時期です。

その頃は、仕事が忙しく朝から朝まで働く日もあり、人間関係のストレスも重なって体が限界を迎えてしまったのです。人に悩みを話すのが苦手で、溜まったストレスの発散方法もわからなくて、最初の1か月間は布団から出られず、家族や友達とも連絡を取らないまま過ごしていました。

そんなある日、Instagramで偶然目にした動画がアート作品を作るきっかけになりました。海外のアーティストが音楽に合わせて、大量の絵の具を撒き散らしながらキャンバスに向かっている映像だったのです。

それまでは「アートはきちんとデッサンして、構図を考えるもの」というイメージだったのですが、動画のアーティストは筆も使わず、体全体で音楽にノリながら自由に表現していて。キャンバス上でさまざまな色が動いていく様子に元気をもらいました。

そこで「自分でもやってみようかな」と思い、キャンバスや絵の具をインターネットで注文して描いてみたのが始まりでした。

 

――なぜ、絵にマニキュアを使おうと思ったのですか。

chikako adachiさん:
最初は絵の具やアルコールインクを使っていて、どれも綺麗ではあったのですが、長く続けたいという感覚には至らず。そのとき、家にあった使いかけのマニキュアを試しに使ってみることにしたのです。

マニキュアって、絵の具以上に粘度が高くて匂いも強く、正直扱いづらいのですが、逆におもしろかったんですよね。また、当時はマニキュアを画材としている方の情報が見つからず、「これは自分で試しながらやってみたら、新たな発展がありそうだな」と思い、家で描き始めたのです。

ただその頃は、作品を人に発表するという気持ちはなく、自分のメンタルケアの一環で描いていました。朝起きて、絵を描くかお笑いの動画を見るか。そのような毎日が、私の心の支えになっていました。

そういった方面で「何か仕事ができたらいいな」と求人を調べていたときに、偶然見つけたのが現在の職場、アートギャラリーの中途採用の募集だったのです。「これは2度とないチャンスかもしれない」と、すぐエントリーシートを提出し、選考を経て無事に入社が決まりました。

 


作品や使用するマニキュアを紹介してくださる様子

 

――家で作品を作り続ける中で「アーティストとして活動してみよう」と思ったきっかけは何だったのでしょうか?

chikako adachiさん:
転職後、少しずつ気になる美術館やギャラリーを見に行くようになりました。半分は仕事の勉強として、半分は自分の興味で通っていました。

そのような中、大阪のギャラリーで出会った作家さんが「会社員をしながらアーティストをやっています」と話してくれて、その作品のクオリティも高く、衝撃を受けたのです。

しかも、そのギャラリーのオーナーさんも独学で絵を描きながら運営されている方で「アーティストになるために決まったルートがあるわけではない」と気づけた出来事でした。ただ、そのときはまだ「さまざまな生き方があるんだな」くらいの感覚で、2年ほど自宅で描きながら日々を過ごしていたのです。

2022年の夏頃、作品が描き溜まってきたので、その大阪のギャラリーを再訪し、勇気を出して「実は私も絵を描いているんです」と作品を持っていきました。

するとオーナーさんが「マニキュア、おもしろいじゃないですか」とおっしゃってくださって。

さらに「さまざまなギャラリーで『アートコンペ』をやっているから、応募してみては?」と勧めてくださり、2022年9月から少しずつコンペに応募し始めたのです。

その後いくつかのコンペで賞をいただけるようになり、本格的に作家として活動するようになりました。

 

――海外での展示もされたとお聞きしました。

chikako adachiさん:
はい。いくつかのコンペで賞をいただいた際に、「うちのギャラリーにて、無料で個展を開催できます」という特典をいただくことが何度かありました。

そのうちのひとつとして、2024年4月に台湾で個展を開催する機会をいただきました。


台湾で開催した個展での様子

 

人のような感情が宿る、「美しくて儚い」マニキュアに惹かれた

――あらためて、作品にマニキュアを使用している理由と、どのような想いを込めているのか教えてください。

chikako adachiさん:
私がマニキュアを使って作品を作っているのは、その「美しくて儚い」素材に惹かれているからです。使用するマニキュアは日常にあるもので、爪に塗っても数日で剥がれてしまう、すぐに消費されるような「儚い」素材です。

素材としては扱いにくいものですが、絵の具や他のインクでは味わえなかった、マニキュア独特のどろっとしたテクスチャーや光沢感、豊富なラメやパールなど、金属色の豊富さは魅力ですね。また、ツヤっとしてどろっとしたマニキュアの質感が、どこか「人の感情」にも似ているなと。

だからこそ、一歳でも長くこのマニキュアと一緒に作品を作っていけるように、自分自身も元気でいたいなと思っています。

 

――作品を発表する中で、意識の変化はありましたか?

chikako adachiさん:
以前は「自分と作品の一対一」の関係だったのですが、展示を通じて鑑賞者の視点が加わることで、作品が「育っていく」ような感覚を覚えるようになりました。

個展では在廊できる日とできない日があるのですが、在廊できなかった日の展示に後日足を運んだとき、「私のいない時間に、他のお客さんが見てくださった中で、絵が少し成長している」と感じることがあります。

また、私は抽象画を描いているので、見る人によって解釈が異なります。私が見たときの絵の解釈と、他の方が見てくださったときの解釈の幅は、どんどん変わっていく。それもまた、作品の一部だと感じています。

 

「描く」というより、ダイナミックに「注ぐ」。枠からはみ出した“かけら”もアートに

――作品を作る際は、どのような技法を使っていますか?

chikako adachiさん:
作品の制作では、空のペットボトルや大きめのビーカーなどに移したマニキュアを、地面に置いたキャンバスに一気に振りかざして書道みたいに絵を描く手法を取っています。筆は使わず、手の加減や傾け方で大胆な動きをつけるのが特徴です。

 

――作品の制作環境について教えてください。

chikako adachiさん:
最初は自宅のワンルームで、ビニールシートを敷いて制作していたのですが、生活空間と制作空間が一体だったため、マニキュアの匂いが大きなネックでした。

2023年頃からは、ベランダに養生シートを敷いて作業するようになりましたが、夏の暑さや冬の寒さ、虫の出現などに悩まされましたね。

そこで、体調面を考慮し、長く作家活動を続けるためには制作環境を整える必要があると感じて、アトリエを構えました。今は自宅とは別の場所で、作品制作時にはゴーグル、手袋、長袖シャツ、長ズボン、ガスマスクなどを着用し、肌を出さないよう完全防備で制作に臨んでいます。

当初は「防塵用」のマスクを使っていたのですが、目の腫れや咳などの症状が出てしまいました。そこから、マニキュアの有機溶剤成分に対応できる「防毒有機溶剤用」のマスクに切り替えたところ、匂いもしなくなり、症状も出なくなりました。


――制作時に生まれるマニキュアの“かけら”から、新しい作品も生まれるそうですね。

chikako adachiさん:
はい。最近では、制作時にキャンバスからはみ出して固まったマニキュアの“かけら”に着目し、“かけら”を組み合わせたコラージュや、身につけられるアクセサリー作品を作る取り組みも始めています。

「どちらも綺麗な素材なのに、なぜキャンバスの枠に収まらなかっただけで、作品ではなくゴミになるのだろう」と感じたのがきっかけです。今後の展示会などで、展示・販売する予定です。


「注ぐ」ことで表現するchikako adachiさんの制作の様子

 

インスピレーションは内側から外側へ。仕事も出会いも、すべてが創作の糧に

――創作のアイデアやインスピレーションは、どのようなものから得ていますか?

chikako adachiさん:
初期では、自分の内面にある感情をアウトプットする手段として描いていました。日常の中で感じていたけれど、言葉にできなかった気持ちなど、湧きあがったものをそのまま絵にすることが多かったですね。

個展を重ねた近年では、街中で見た建物の壁の色や、人の髪色、服の色など日常の何気ない風景や、人からいただいた感想など、外側からのインプットを作品に活かすことが増えてきました。

また、制作の過程で気になったことを深掘りし、実験や失敗を繰り返していくプロセスも大切だと思っています。


――お仕事の経験も、作品に大きく影響していそうですね。

chikako adachiさん:
はい、大変影響しています。職場がアートギャラリーという環境なので、作家さんと直接お話しする機会が多く、得られる刺激や気づきが非常に大きいです。作品だけでなく、作家さんの生き方や考え方、作り手になるまでの過程に触れられるため、貴重なインプットになっています。

仕事と作家活動のどちらかが本業という感覚ではなく、仕事で感じたことを作品作りに落とし込んだり、作家としての気づきや発想を仕事に活かしてみたりするなど、相互に作用していると感じます。


「流したてのマニキュアの美しさ」をライブペイントで届けたい。次の表現へ

――今後、挑戦してみたい表現や目指しているビジョンを教えてください。

chikako adachiさん:
いつか実現したいと思っているのが、屋外や換気が整った環境でのライブペイントです。

マニキュアは乾いた後でも独特のツヤがありますが、実は流したてのときが一番ツヤツヤでギラギラしていて、美しいのです。ただ、匂いが強いため、誰かとその瞬間を共有できませんでした。

だからこそ、安全な環境を整えたうえで、ガスマスクやゴーグルなどを着用して実演し、皆さんに「こんなふうに作っています」とライブでお見せできたらと思っています。

可能であれば、観ている方にもマニキュアを1つずつ注いでもらうなど、体験型にできたら嬉しいですね。


――制作時に生まれる瓶や道具も、作品として活かすことを考えているそうですね。

chikako adachiさん:
はい。マニキュアを注ぐ際に使う瓶や、制作中にうっかり落としてしまった容器も、素材として作品に取り入れたいと考えています。

実際、ペットボトルを切ってパレット代わりに使っているのですが、途中で瓶を落としてしまい、そのままキャンバスに流し込んだことがありました。すると、「これはこれで」とタイトルをつけたその作品を、「どうしても忘れられなくて」とお求めくださった方がいらっしゃったのです。

こうした制作時の副産物を、ただのゴミとして終わらせるのではなく、再解釈・再構築していくことも、継続的なテーマの1つですね。

 

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