【インタビュー記事】役目を終えたものに針を通す。鈴木麻希子さんが探る「縫う」という表現

【インタビュー記事】役目を終えたものに針を通す。鈴木麻希子さんが探る「縫う」という表現

「縫う」という行為を軸に、役目を終えた素材に新たな価値を見出すアーティスト・鈴木麻希子さん。布だけでなく、紙や食品パッケージ、野菜の皮など、日常の中で捨てられてしまうものにあえて針を通すことで、独自の表現を生み出しています。

 

鈴木さんは、『ACTA+』のアーティストの一人としても活動中。廃棄物や使用済み素材を用いた作品を通して、身の回りにあるものとの向き合い方に、新たな視点を投げかけています。

 

本記事では、鈴木さんがこれまで歩んできたキャリアやアート制作の原点、「縫うこと」に込められた表現の可能性、そして今後の展望についてお話を伺いました。


 

服飾から美術へ。「縫う」を軸に歩んできた鈴木麻希子さんのキャリア    

──まずは、簡単に自己紹介をお願いします。

鈴木さん:
私は現在、「縫う」をテーマとした作品を制作しています。

もともとは杉野服飾大学で、最初の2年間は洋裁を中心に、その後の2年間で染色や織りなどを専門に学びました。卒業後はアパレルメーカーに就職し、品質管理の部門にて検査職として働いていましたが、25歳前後に会社を辞めることを決意し、横浜美術大学のテキスタイルデザインコースに編入。3年次に編入したため約2年間、美術としての表現を学びました。

卒業後は家族の事情で福岡県久留米市に移り、福岡を拠点としながら、東京と福岡で個展やグループ展に参加し、作家活動を続けてきました。その中で、「私は美術を体系的に学んだ期間が短い」という感覚があり、大学院であらためて研究したいという思いが強くなったのです。

その後、ちょうど東京に戻ったタイミングで「自分の原点でもある杉野で研究を深めることが自然だ」と感じて、杉野服飾大学大学院の造形研究科に入学し、2023年に修了しました。

 

──では、『ACTA+』との出会いを教えてください。

鈴木さん:
大学院に入って2年生になった頃、Instagramで『ACTA+』さんの公募「COIL Upcycle Art Contest 2022」を見つけたのがきっかけです。

大学院1年生の頃は授業や仕事もあって忙しかったのですが、2年生になると作品制作に向き合える時間が増えていました。『ACTA+』さんの公募を見て「これ、いけるかもしれない」と思い、思い切って応募したのです。

応募した作品は研究の中で制作していたもので、役目を終えたものを縫った作品でした。

大学院では、作家としてのプレゼンテーションに苦戦していて、毎週のように発表課題がありました。論理的なプレゼンと作家としての表現的なプレゼン、その両方を求められることに戸惑っていましたね。

結果としてアワードの場では、その両方を自分なりに織り交ぜて伝えられ、審査員特別賞をいただきました。この受賞経験は、アート活動における大きな転機の一つだったと感じています。

そこから『ACTA+』さんとの関わりが始まり、現在の活動にもつながっています。


鈴木さんの作品

 

 

ミシンとの出会いから、「縫う」を問い直すまでのキャリアの転機  

──そもそも「縫う」という行為への興味は、子どもの頃からあったのでしょうか?

鈴木さん:
はい。幼稚園の年長、6歳くらいの頃だったと思うのですが、家の食卓に母親の古いミシンが置いてあってそれが気になって触っていたのが最初のきっかけでした。

そのような私を見ていた母が、おもちゃのミシンを買い与えてくれて、自分でミシンを使って縫うようになったり、手で縫ったりするようになりました。その後、小学校1年生くらいの頃に裁縫道具も一式そろえてもらい、自分で裁縫箱を作りましたね。クッキーの空き缶に仕切りを作って、ハサミや道具を入れていました。

 

──その後、大学で服飾の道に進まれていますが、当初はどのようなキャリアを考えていたのでしょうか?

鈴木さん:
当時は「服飾の大学に行ったら、そのままアパレルに就職するものだ」と思っていました。繊維素材や染色を学んでいたこともあって、そういった分野に関わる仕事がしたいと考えていたんです。

実際に就職したのはアパレルメーカーの品質管理の部門で、工場から上がってくる大量の婦人服が会社の基準に沿っているかを確認する仕事をしていました。「正しく、綺麗に縫う」を徹底する仕事でしたね。

少しでも縫い上がりが基準から外れていると、工場に戻して修正してもらう必要があって、その判断を毎日のようにしていました。ただ、その一方で、「自分が同じようにできるのか?」と考えたときに、自分はできないのに他者に指示を出していることへの葛藤もあって。

そういった気持ちが積み重なり、今後のキャリアに悩むようになりました。


──そこから、美術の道へと進まれたきっかけは何だったのでしょうか?

鈴木さん:
アパレルメーカーで働きながら、週に一度、服飾大学が持つ専門学校でシルクスクリーンの制作を続けていたんです。そこでお世話になっていた先生が、横浜美術大学で当時准教授をされていて、「美大に来ない?」と声をかけていただいて。

ちょうど仕事のことで悩んでいた時期でもあったので、そのまま進学を決めました。

ただ、それまでアパレルメーカーでの「正しく、綺麗に縫う」という価値観が、自分の中に強く残っていました。大学院に進んでからも「縫い目が綺麗すぎる」と言われることが多くて、逆に「綺麗に縫わないこと」がすごく難しかったですね。

作品作りでは、これまで当たり前だと思っていた基準を崩していく必要があって、今でも葛藤しながら向き合っています。


 

ルーズリーフの紙とカップ麺のフタ1,400枚から生まれた、鈴木さんの表現   

──現在のような「縫う」作品は、どのように生まれていったのでしょうか。

鈴木さん:
きっかけは、美大の卒業制作ですね。「何を作ろうか」と考えたときに、私は縫うことが得意だったので、「縫う作品を作りたい」と思いました。

ただ当時は、「技法から考えるのではなく、何を表現したいのかを先に考えるべきだ」と先生から言われていて。それでも、自分の中では「縫うことを軸にしたい」と強く思っていました。

試していく中で、たまたま手元にあったルーズリーフ(紙)をザクザクと縫ってみたんです。すると、それまで「布を綺麗に縫うのが正しい」と考えていた自分にとって、「逆のことをしている」という背徳感や高揚感がありました。

これまでとは違う基準で動いている不思議な感覚があり、そこから布以外の素材にも針を通してみようと考えるようになりました。

その延長で取り組んだのが、カップ麺のフタを使った作品です。美大生はお昼にカップ麺を食べることも多く、フタが大量に出ていたのです。「フタを集めて縫ってみよう」と思い、周りの人に協力してもらいながらフタを集め、最終的には1,400枚ほど集まりました。

フタは一度洗って乾かして、それをひたすら縫っていきました。試行錯誤を重ねる中で、ジグザグミシンで縫う方法に落ち着き、効率よく、かつ一定のクオリティで仕上げられるようになりました。

この卒業制作を通じて、役割を終えた素材にあえて針を通すことで、別の状態へと変化させていく行為そのものに、強く惹かれるようになったんです。



カップ麺のフタ1,400枚を用いた卒業制作の作品


──作品の素材は、どのように選んで制作しているのでしょうか?

鈴木さん:
気になった素材はとりあえず取っておいて、「これは使えそう」と思ったものをストックし、その中から作品に合いそうなものを選んで制作しています。

一時期は、「何か作品に使えるかもしれない」と思って、自然と素材をストックするようになっていました。

基本的に、素材を新しく買い足すことには少し抵抗があって、使われて捨てられてしまったものや、役割を終えたものを素材として使うことが多いですね。作品のために新しく何かを買って準備することに、少しプレッシャーを感じるというか。

まっさらなものに手を加えることよりも、役割を終えたものだと「どう使ってもいい」という自由さがあるんですよね。気負わずに制作できるという解放感があります。

制作に使う糸に関しても、特別なこだわりがあるというよりは、手元にあるものを用いることが多いです。糸やリボン、カラフルな段染めの糸など。あとは、母が編み物をしていたこともあって、余っていた毛糸をもらったり、自分が織りや染めをしていた頃の糸の残りを使ったりしています。


──作品のインスピレーションやアイデアは、どのように湧くのでしょうか?

鈴木さん:
あまり最初から「こういうものを作ろう」と決めているわけではなくて、「これやったら面白いかも」とか、「これ出来上がったらどうなるんだろう」といった小さな発想の積み重ねで形になっていくことが多いですね。

やはり、普段からいろいろと見てインプットしていないと、アウトプットにつながらないと思っています。気づくとゴミ箱を見つめていたり、台所の三角コーナーを見ていたりすることもあります(笑)。そこにある野菜の皮を見て、「これ、縫ったらどうなるんだろう?」と考えることも。

例えば、着なくなったTシャツを縫い潰してみたことがあるのですが、ひたすら縫っていくと、立体的な形になっていったんです。昔の服や子どものサイズアウトした服など、生活の中で自然に蓄積されていくものが、そのまま作品につながっている感覚があります。

 

 

時間とともに変化する素材。「縫う」表現の新たな可能性    

──素材の変化も作品の魅力なのだとか。

鈴木さん:
そうですね。素材そのものが変化していくので、自分では操作できない部分が面白いと感じています。

例えば、野菜の皮を使った作品では、縫ったあとに冷蔵庫で乾燥させることがあります。最初はみかんの皮を縫って、冬場に自然乾燥させたところ、綺麗に干からびていて。そこから調べてみると、冷蔵庫で乾燥させる方法も知り試すようになりました。

縫った作品をそのまま冷蔵庫に入れて、しなしなに変化していく過程を写真に収めた作品も制作しました。

洋裁や織物の分野では、自分が計画した通りに仕上がりますが、こうした素材は時間の経過とともに形が変わっていくので、意図できない変化が生まれます。その部分に魅力を感じますね。

 

──鈴木さんの作品は、細部に集中するような制作スタイルが多い印象を受けるのですが、いかがでしょうか?

鈴木さん:
そうですね。私はあまり立体や広い視点で捉える大きな作品が得意ではなくて、A4やそれ以下のサイズ感で制作することが多いです。細かいところに集中して作るほうが、自分には合っている感覚があります。

例えば、自分の指紋を点描で描いた作品があるのですが、10センチ四方くらいの紙に、細いペンでひたすら点を打っていくような制作でした。一度インクで指紋を取って、それを拡大して、カーボン紙で写し取りながら、点描でなぞっていくという工程で作りました。

大学院で指導していただいた先生が、細い線や制作過程を大切にされる方で、そうした影響も今の制作スタイルにつながっているのかもしれません。


 

針や糸を越えて「縫わないで縫う」へ。表現の未来と『ACTA+』への期待   

──今後、挑戦してみたい表現やテーマはありますか?

鈴木さん:
今は「縫う」ことをテーマに制作していますが、将来的には「縫わないで縫う」という表現ができたらいいなと思っています。

まだうまく言語化できていない部分もあるのですが、作品を見せたときに「これは確かに縫っているね」と感じてもらえるような状態を、針や糸を使わずに表現できたら面白いなと。何年も考えているテーマです。

「縫う」という行為は、単に針と糸で接合することではなく、物と物をつなげたり、広げたり、関係性を生み出したりすることでもあると思っています。針と糸を使わなくても、素材同士をつなぎ合わせることで新しい形を生み出すことはできると感じていて。そうした「つながる」「広がる」も、「縫う」という一つの形なのではないかと思っています。

まだ模索中ではありますが、「縫うとは何か」は、これからも考え続けていきたいですね。


──最後に、『ACTA+』への期待を教えてください。

鈴木さん:
『ACTA+』さんには、展示の機会をいただけること自体が、本当にありがたいと感じています。

もし自分で展示をしようと思うと、ギャラリーを探して、場所を押さえて、作品を用意して設営して……と、すべてを一人で行わなければなりません。その点、『ACTA+』さんに関わらせていただくことで、自分では出会えなかった場所や、新しい方々に作品を見ていただける機会につながっています。

今後も、作家同士や社会との新しい接点が生まれる場として、さまざまな出会いが広がっていくことを期待しています。


鈴木さんの展示作品

 

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