兵庫県を拠点に活動するアーティスト・沢井 涼さん。大学では医学部に通いながらも、バスキアの絵に衝撃を受けたことをきっかけに「人の心を動かす表現」を求めてキャンバスへと歩みを進めました。
代表作「THORN」「VEIN」では、アクリル樹脂を絞り袋でホイッピングして形づくる「とげ」をモチーフに、触れることで変化する立体絵画を展開。パティシエの技法を取り入れた独特の造形と、「人」や「触れられる作品」をテーマにした温かなコンセプトが、多くの人を魅了しています。
廃材を用いた『ACTA+』とのコラボレーションを機に、表現の幅をさらに広げた沢井さん。今回は、沢井さんのアーティストへの歩みや作品に込められている想いを伺いました。

『
Dimness』(Ryo Sawai)
医大からキャンバスへ。バスキアの作品との出会いがアーティストへの道を拓いた
――まずは、簡単に自己紹介をお願いします。
沢井さん:
2001年生まれ、兵庫県西宮市出身です。父が医師だったので、どうしても私自身も「医者にならなきゃ」という考えを持って育ちました。結局浪人を経て金沢医科大学の医学部に進学したのですが、アーティストとして活躍したいという想いを捨てきれずに、大学を2023年に中退し、現在はアーティストとして関西を拠点に活動しています。
――医学部という安定した道から、まったく異なるアートの世界へと進まれたのですね。どのような心境の変化があったのでしょうか?
沢井さん:
実は、高校2〜3年の頃は「料理人になりたい」と決めていたんです。ものづくり全般に興味が、ずっとあって。母が料理研究家だった影響もあって、私も幼い頃から料理をするのが好きで、いろいろなジャンルの料理を作っていました。
――「作る」という行為そのものが、アーティスト活動の原点にあるのですね。実際に絵を描き始めたのはいつ頃だったのでしょうか?
沢井さん:
浪人中、友人とカフェで何気なく絵を描いたのが最初です。受験勉強の合間のストレス発散で書いていました。そのときに、ジャン=ミシェル・バスキアの作品を見て惹かれ、そこから絵にハマっていったんです。最初は知識もなくて「これなら自分にも描けそう」と思って(笑)。
でも、一回ノートに書いてみるとまったく違っていて、色彩構成や伝えたいメッセージなどを、紙に詰め込んでいく作業が面白く感じました。
あとは、バスキアがジャズが好きで、僕も音楽が好きだったので彼のCDを買って聴いてみたのです。そういう「彼の人生観」を知るうちにより、バスキアのメッセージ性がより深く伝わってきて、どんどんのめり込んでいきました。
――バスキアを通して「表現したい」という欲求が目覚めていったんですね。
沢井さん:
そうですね。技術ではなく感情を描く世界を知ったことで、自分の中にあった表現したい気持ちに気づき、アーティストとしての活動を始めました。

沢井涼さん
コンセプトは「人」。他者の感情から生まれる創作の原点
――作品を制作する際は、どのように進めていくのでしょうか?
沢井さん:
一番大切にしていて、最初に決めるのは「その絵を何で作るか?」というコンセプトです。コンセプトを定めたうえで、使う色を決めます。「シンプルな色にするのか、カラフルにするのか」「無機質な印象なのか?」といった大まかな方向性を決めてから制作を始めます。
――では、コンセプトを決めるときのインスピレーションは何でしょうか?
沢井さん:
基本的なコンセプトは、いつも「人」です。たとえば、人の心情や表情、つながり、縁など、人間そのものを作品のテーマにしています。「自分の感情を表現する」というよりも、「他者の感情」を起点に考えることが多いです。
私自身は普段、あまり感情が大きく動くタイプではないのですが、自分の言葉や作ったもので人が喜んだり、驚いたりしているときにだけ、心が大きく動くんです。人がいなければ、そんなに生きる意味もないかなと感じることもあります。
だからこそ、「自分のしたい表現」よりも「これを見てどう感じるだろう?」など、「人が喜んでくれること、驚いてくれること」を大切にして作品を制作していますね。作家も鑑賞者も人間なので、人と人のつながりや感情を投影できる作品にしていきたいと思っています。
――そのほかに、創作のインスピレーションが生まれる場面はありますか?
沢井さん:
普段の生活の中でも、よくアイデアを拾っています。
たとえば音楽。直接的なアイデアではありませんが、目を瞑って好きな音楽を聴いて、ひたすら構想を考えています。また、植物を見ているときや、BARでの人と会話しているときにアイデアが思いつくことも多いですね。日常の中で心が動く瞬間を、そのまま作品に落とし込む感覚です。
ケーキのように絞り出す「とげ」の立体絵画。触れて変わるアート
――現在制作されている作品は、どのような特徴がありますか?
沢井さん:
私の代表作である「THORN」「VEIN」シリーズは、「とげ(棘)」をモチーフにした立体的な絵画です。素材には「モデリングペースト」という、アクリル樹脂と大理石の粉末を混ぜた白い粘土状のものを使用しています。それに着色して、絞り袋でホイッピングして成形していくんです。パティシエがケーキを仕上げるような感覚ですね。
――それは、お料理人を目指していた頃の経験も影響しているのでしょうか?
沢井さん:
そうですね。以前イタリアンをメインでやっていたので、盛りつけやドルチェ作りなどで培った感覚や技法が作品作りに活かされています。
――最初から今のような「とげ」の造形だったのですか?
沢井さん:
いえ、もともとは「モデリングペースト」をキャンバスに垂らして下地を作ろうとしたのが始まりで、ローラーや手でペタペタ塗っているうちに、小さな突起ができたんです。それが「とげ」の原型ですね。
ただ、その表現だけでは幅が広がらないと感じていたときに、尊敬しているパティシエの方と食事をしていて、「あ、これだ」と閃いたんです。そこからホイッピングの技法を取り入れるようになりました。
――制作にはどのくらいの時間がかかるのでしょうか?
沢井さん:
ほぼ一日中、約18〜19時間ほど制作し、それを3日ほど続けて完成させます。固まってしまうと修正ができないので「とげ」の形が気に入らなければ、柔らかいうちにそぎ落としてやり直します。
制作する「とげ」の大きさは、一番大きいもので「910×727mm(F30号サイズ)」です。「とげ」の直径は「1cm~1cm未満(0.7cm前後)」で、1枚のキャンバスに2〜3万本を配置しています。すべて手作業で、形や向き、質感を一本ずつ調整しています。
――「とげ」の質感や光の加減も、計算されているように感じます。
沢井さん:
はい。モデリングペーストには種類があって、「ジェルメディウム」という「とげ」を柔らかくする素材などを3〜4種類混ぜています。「とげ」の材質によっても質感や色の見え方が変わるんです。たとえば、遠くから見たときに線のような陰影が浮かぶように、意図的に「とげ」の配置を設計している作品もあります。
また、最初は真っ白な「とげ」の表面に色を塗っていたのですが、飾っているうちに少し折れて白い部分が見えてしまって。「これは経年劣化だな」と思っていたのですが、逆に折れたら色が出るようにすれば「経年変化」として、時間とともに作品が育って楽しめるのではないかと考えました。
そこで、白色に色を混ぜてホイッピングして、折れるたびに新しい色が現れる作品にしていきました。



『
Dimness』の異なる3つの表情(アーティストinstagramより抜粋)
――展示の際にも、来場者が実際に触れる機会を設けているとか?
沢井さん:
はい。実際に来ていただいたら、みなさんに触っていただきます。「触れる作品」というのも、大切なコンセプトの一つなんです。展示会では、来場者の方に「とげ」を実際に折っていただき、色が出てくる喜びを体験してもらっています。お子さまには特に人気で、夢中になって何本も折っていかれる方も多いですね。
私の作品の場合は、日記代わりに使っていただくようなアートであってほしいと思っています。たとえば、特別な記念日などの特別な日に「とげ」を折ってもらったり、時間の経過とともに作品に手を触れたりすることで「持つ喜び」とか「見る喜び」っていうのを伝えていきたいですね。
作品が近くにあっても、あまり触れない。保有しているのに、すごく遠い存在にあるっていうのが寂しく感じたので、「触れられる日記のような作品」にしたいと思ったんです。
捨てられた素材が感動に変わる。『ACTA+』との出会いから広がった表現
――『ACTA+』との出会いはどのようなきっかけだったのでしょうか?
沢井さん:
2023年に『ACTA+』さんの公募展で準入選したのが最初の出会いです。
もともと廃材を使った作品を作ったことはなかったのですが、公募のテーマを見て「やってみよう」と思い立ちました。家にあったデニム生地を使って活用してみたら、良い作品ができたんです。
――そこから廃棄物をアートにする表現へと発展していったのですね。
沢井さん:
はい。経済的にお金がかからないという利点もありますし、何より捨てられていたものが、そこにあるだけで終わらず、さまざまな人の目に触れて感動を呼ぶ点に魅力があるかなと思うんです。
――『ACTA+』では、どのような素材を使って作品を制作されたのでしょうか?
沢井さん:
先日の『ACTA+』さんと無印良品さんとのコラボ企画展では、「工場の金網」と「研磨石(けんまいし)」を使いました。渡された素材リストの中にはアルミホイルや段ボールなどもありましたが、作品の世界観に合うこの2つを選んだのです。
研磨石というのは、家具などを制作するときに木材をなめらかに磨くための石です。ホイッピングしている「とげ」の作品と、あの廃材がマッチしていたので使わせていただきました。
触れるアートの可能性を広げる。新素材と企業との協働に挑戦したい。
――今後、挑戦してみたい素材や作品、活動はありますか?
沢井さん:
今後挑戦してみたいと考えている素材は、ガラスとゴムです。私はお酒が好きで、ガラス作家さんのグラスをよく購入していて、手に取ると美しいんです。そんなガラスを使って、自分の表現をしてみたいですね。
ゴムは「とげ」の作品をラバーで表したいなと考えています。グニャグニャとしたおもちゃみたいな感じで表現しても面白いかなと思っています。
また、作品の質をさらに高めていきたいです。代表作の「THORN」や「VEIN」をより多くの人に届けるために、展示会を地道に開催しながら、アートを通じて触れる体験を広げていけたらと思っています。
――企業との協働については、どのように考えていますか?
沢井さん:
今後はBtoBのお仕事にも挑戦していきたいです。たとえば、ホテルのラウンジやイベント空間での作品の展示などに関われたら嬉しいですね。
『ACTA+』さんのように、廃材活用の制約を理解し、共に考えてくれる企業と協働できたら理想です。